【決断】




涙は出なかった。ただ、長い時間ぼーっとしていた。
カメラを受け取って――別れの握手をして。部屋を出るトールを見送って、ひとりになって。
空っぽになった感覚は、トールを失ったあの日と似たようなものに感じていた。


「……再会して失恋ってのも……結構辛いなあ……」


生きててくれたことだけで嬉しいはずなのに。
改めてトールへの想いを認識して、それで自分以外の人間を選ばれた切なさ。いや……それでもトールは、ちゃんと知りたいことを伝えてくれた。


幸せでいてほしい。
本当に、本当に。幸せに生きてほしい。
ミリアリアはカメラを手に願った。トールの意志を受け継ぐために。

トールからカメラを受け取った時、ぼんやりとミリアリアの頭の中に、あるビジョンが浮かんでいた。
彼の思いを叶えたい。険しい道だろうが……自分には『それ』が出来るのではないか、と。
ならば、周りがどんなに反対しようとも、実行に移すべき決断なのではないか、と――意識をカメラに集中させている時だった。ミリアリアを呼び起こすように、インターホンが鳴った。
時間はもう、どちらかと言えば遅い部類。誰だろう、と外を伺うと、そこにはディアッカが立っていた。

「よっ。無事でいるか〜?」
「無事って何よ」

悪態をつきながら扉を開ける。すると、したり顔のディアッカが――突然、手をミリアリアに伸ばしてきた。
指が触れる、眼尻。

「泣いた?」
「……泣いてないわよ」

実際、泣いてはいない。泣きそうになったが、涙自体こぼしてないのだから、泣いたと言われたくなかった。

とりあえず――立ち話もどうかと考え、ミリアリアはディアッカを部屋に招き入れた。
ミリアリアは椅子に座り、ディアッカは壁にもたれかかって、どちらともなく言葉を交わしあう。

「キツイ話、結構出たわけだ」
「もう良いでしょ。あんまりあんたに話したくないの」
「俺が連れてきてやったのに?」
「それは感謝してるけど……」

そのために、どれだけ厳しいことをディアッカはトールに言ったのだろう。さっきの話振りだと、ディアッカはかなりキツイことを口にしているはず。
具体的な内容が知りたくなって、でも聞けないな……と目を泳がせていると、突然ディアッカが吹き出した。

「な、なんで笑うのよ!!」
「ちょっと面白かった」
「は?!」
「――男なんだからケジメつけろ――って言ったんだよ」

思わずポカンと口が開く。
聞いたわけでもないのに、ディアッカはミリアリアの心情を読み取り、語り始める。

「どんだけ心配かけたか分かってるなら、全部ぶちまけろってさ。それがお前出来る、心配かけた責任の取り方なんじゃないのか――とかまあ、色々と」
「……うん」
「あいつの気持ちも分かるけどさ……それでも、元からこれだけ心配かけてんだから、再会した友人達に今の自分を正直に話すのが、あいつの最低限の義務だと思ったからさ」
「…………ありがと」

ミリアリアは素直に礼を述べた。
ディアッカを真正面から見て、感謝を言葉に出す。

「ディアッカが行ってくれなかったら、きっと私、トールとちゃんと話せなかったと思う」
「そんなことねーだろ」
「あるよ。キラもサイも――……私も、トールにそんなこと……言えないわ」


――会うのすら、怖かったのに。
連れて来てもらえなかったら、本当にあのまま別れていたような気さえする。
と、その時、ふとミリアリアの頭に、今までの話とは全然違うこと事柄が浮かんだ。

「……そういえば、館長の話ってなんだったの?」
「へ?」
「呼ばれてたじゃない」
「ああ、あれね……」

話が自分に振られ、今度はディアッカが目を泳がせた。

「なに? 聞かれるとまずい話?」
「まずくはないけど……断ったしなあ」
「断った?」
「あー……うん。館長さん自身に話あったわけじゃないの。俺宛に入電があったんだ。それで呼び出し。ザフトにいる友人が結構上の役職ついててさ、戻って自分の下で働け、って。あいつ、強引だからなー」
「……断った、んだ」
「断らない方が良かった?」
「ううん」

ミリアリアが首を振る。ディアッカが驚くほど素直に、キョトンとしたまま。

「びっくりしただけ」
「何? 俺なんかにお呼びかかって?」
「あんたが断ったことに」
「……そんなに変か?」
「だってあんた、故郷に戻るチャンスだったのよ? なのに……」

オーブに亡命すれば、プラントに戻る道は絶望的と言っても良いだろう。
戦犯としてでなく、部下として受け入れてくれるのに、それでもオーブに行く道を選んだのは、

「……だってプラントに行ったら、お前に会えないじゃん」
「わ、わたし?」
「プラントに戻れないより、お前に会えない方が俺は嫌」
「な! な!! そんな重要なこと、私を理由に決めないでよ!!」
「……そんなに変か?」
「変よ!! 絶対変!!」
「でも俺がAAに乗るって決めたの、お前がいたからなんだけど」
「!!!!!!!!」

ミリアリアの顔が、一気に赤くなった。


自分がいたから乗った戦艦。
自分がいるから残る大地。
そこまで自分に固執する理由は――


「……じゃ、そろそろ戻るわ」
「あ――ま、待ちなさいよ!」

扉の方へ身体を翻したディアッカに、ミリアリアは声を荒げた。


「どうして私がいるだけで残るの?!」
「今言うの、フェアじゃねーだろ」

振り向きもせず、瞬間的に答えを返すディアッカ。彼はそのまま、手をひらひら振って、部屋を出て行った。
ドアが閉まるのを見届けて、ミリアリアはへたり込む。

「もう……言ったようなものじゃない……」



ディアッカが、自分に固執する理由は――……

*前次#
戻る0