「ラクスさん、あの人のこと知ってるんですか?」
「……孤児院で、私を狙撃した方ですわ」

問いかけるミリアリアの言葉に、肩を抱かれたラクスは、市長のSPを睨みつけながら言った。
SPの目は、こちらに向けられている。下手な動きを見せれば、すぐに動けるよう拳銃も構えたまま。
だがその意識は、別の場所へと向けられていた。

自分達をまとめるリーダーと、市長と、カガリへと。
カガリ・ユラ・アスハ。オーブに住む誰もが知ってる名前に、彼も衝撃を隠し切れていない。

「アルゾート……この女が、国家元首なのか?」
「ああ、間違いない。あの頃と全然変わってないな、お前……」
「お前だって……アルー。でもなんで、なんでお前が!」

彼が[レテスの涙]の首謀者ということを納得することが出来ないのだろう。カガリは、涙を滲ませ、アルゾートと呼ばれた男に掴みかかった。
なんとも言えない悲しい瞳を、彼はカガリに向ける。
伝えるべき言葉は持っている。だが、彼女にそれを告げる勇気が無い。
そんな中、グラムハが一歩前に出た。

「関係ない人間を巻き込むな、アルゾート。用があるのは私だろう?」

カガリだけではない。市長・グラムハもまた、彼を知っている。
親子ほど歳の離れた少年に対し、哀れみの目を向けている。
しかし――それが、アルゾートの勘に触った。

「関係ない、だと?」

それまで友好的とも思えたアルゾートの態度が一変した。ぎろり、とグラムハを睨みつけると、素早く彼へと駆け寄り、胸倉を掴んで叫び倒す。

「ふざけんな! 何が関係ないんだ……こいつらのせいで、俺らがどんな目にあったか分かってんのか?!」
「それをやったのは『ザフト』だ。彼女ではない!!」
「ザフトだって、コーディネーターだ! 母さんは、ザフトに殺されたんだ!!」

二人のやり取りに、カガリは顔をゆがめた。ラクスも苦痛の表情を浮かべる。
ミリアリアは……やるせない気持ちでいっぱいだった。

こんな悲しいことが、目の前で起きているのに。
割って入って、止めたいのに。
言葉が見つからない。
どうすれば彼の気持ちを抑えられるのか、分からない。

沈黙の中、ばたばたと、ホテルマンの格好をした若者達が部屋に入ってくる。
彼らもきっと――レテスの涙。

「……エリザ殿は……」

ふと呟いたのは、カガリ。

「エリザ殿が……ザフトに……?」
「……あの大津波で、今も行方不明だ」

アルゾートが顔を伏せる。
津波で行方不明――それは『死』を意味する。亡骸にすら触れられない、残された者達……そんな人々が、この島には沢山いる。

「そんな……グラムハ市長! なぜ教えなかった!!」

事態を把握したカガリは、今度はグラムハに噛み付いた。

「家族を失った者はたくさんいた。私達もその一人に過ぎないということです」
「だが――」
「あの事態、そして戦争という状況下……中央に座る貴方に、伝えたくはなかった」

悲痛なグラムハの表情に、カガリの顔も曇っていく。
思いやりだったのかもしれない。心労を少しでも軽くしようと言う、彼なりの配慮だったのかもしれない。

「カガリ……その人と、知り合いなの?」

会話が途切れた所で、意を決し、ミリアリアが切り出した。彼女もラクスも、三人のつながりを知らない。疑問は当たり前の産物だった。
カガリは――ためらったものの、静かに口を動かし始める。

「……私は……お父様がとても忙しい方だったから、ばあやといつも留守番していたんだが……一度、ばあやが入院しなくちゃならなくなって……大体一ヶ月くらいなんだが、別の閣僚の家に預けられた事があったんだ。それが、市長の家でな……奥方のエリザ殿には、大変良くしてもらった。まるで本当のお母様のようだった。いや、エリザ殿だけじゃない。アルーだって、本当の兄のように思っていた」

切ないカガリの瞳が、アルゾートを捉える。


「アルーは……市長の息子だ」


ミリアリアとラクスは、同時に息を呑んだ。




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