運の悪いことに、ラクスの携帯電話は鞄の中にしまわれていた。
もう一つ重なった不運は、マナーモードにしたままだったこと。そして、鞄が彼女の寝所に置かれたままだったこと。
警戒を促すベルは、彼女の耳には届かない。

「ブルーコスモスって……そんな……」
「悲しいことです」

マルキオが嘆く。
ミリアリアは、彼が伝えた事実を頭の中に並べ――愕然とした。
反政府組織・[レテスの涙]。現地の若者で構成される反乱分子は、ブルーコスモスの意思と同調している。
もっと正確に記すなら、ブルーコスモスの思想に乗っかり、反政府活動を展開している――

彼らにとって、ザフトは島を――間接的にでも――襲った憎い「敵」。
ザフトは、コーディネーターの軍人たち。
オーブ領であるレテスティニ島もまた、地球上では数少ない、コーディネーターを受け入れる領土である。

若者達は、それが許せなかった。
自分達を傷つけた者達から、正式な謝罪も無いままに、交易を続けようとする役人が許せなかった。

「でも……いくらなんでも……」
「みな、悲しみを受け止められないのです。苦しいことから、目を背けたくなる気持ちも分かりますが……彼らは今、悪を見つけ、自分達の行動を正当化させる……自分達にとって都合の良い世界を作れると思い込んでしまっているのです」

それは、ミリアリアも分かる。大切な人を失って、苦しくて、その現実から、何度も目を背けようとした。
そんな時、部屋のインターホンが鳴った。
現れたのは、ホテルの従業員と思われる男性。

「マルキオ様。そろそろお時間のようですが……」
「ああ、もうそんな時間ですか」

呼ばれ、マルキオが腰を上げる。

「お二方とも、しばらくお待ち頂けますか?」
「構わんが……どこに行くんだ?」
「ロビーに。そろそろ市長が到着する時間なので、お出迎えをしようかと」

本来ならそんな必要ないのだが、今は少しでも時間が惜しい状況。歩きながらでも、現状を伝え合うつもりなのだろう。
マルキオが部屋を出て、三人で状況を整理して……どれだけの時間が経過しただろう。

「誰もがみんな、後手後手に回らざるを得ない状況だったようです」

ミリアリアの前に座るラクスが、悲しげに呟いた。

「市長は、レテスの涙の正確な情報を把握し切れていない。レテスの涙は、下手な行動に出ると、レテスティニの人々から疎まれる存在になってしまう。そうしたら、手をこまねいていた所に――」
「お前が登場して、みんな一気に動き出したと」
「そういうことです」

プラントの歌姫、ラクス・クライン。彼女を使えば、ザフトに、コーディネーターに、オーブに、レテスティニ島に、明らかなる意思を表示できるのだから、レテスの涙にとって、これ以上の獲物はいない。
反乱分子をなんとかしたい市長サイドにしてもそれは同じだ。プラントの平和の象徴が島に来訪である。友好関係の良さをアピールする存在として、これ以上の逸材は存在しないとも言える。
だからみんな、躍起になった。

「おかげで、私ばかりでなく、他の方々まで巻き込まれかねない状況が生まれてしまいました」
「導師様が言ってた『際どい犯行声明』ってやつですか?」
「ええ……私をレテスの涙に引き渡すこと。それが出来なければ――私がいると思われる施設に軍事的圧力をかける、と」

それはつまり――攻撃を仕掛ける、ということで。

「じゃ、ここがこんなに静かなのって……」
「私達以外の方々は、別のホテルに避難しておられます。ここにいるのは、警備に携わる方々ばかりです」
「全く、迷惑な話だ」

カガリは本音を吐露しながら、椅子にもたれかかり、続けた。

「市長達は、一体どこまでやつらの情報を掴んでいるんだ?」
「組織を構成するトップの人間数人は、目星を付けているようですよ? だから、不確かなれど、信憑性のある情報が舞い込んでくる。キラ達も、有力な情報を元に、今、動いているのですから」
「……それにしても……」

ふと、カガリが顔を上げる。
壁にかかる時計を見て、彼女は訝しげな表情を見せた。

「遅くないか? マルキオ導師」
「そういえば……」

そろそろ市長がやって来る時間だと言って、部屋を出たのが20分前。
さすがに遅い気がする。




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