カズイ



「カズイ?」
その声に、少年は肩を震わせた。



連合がオーブに攻めてくる。その一報はクルーに衝撃をもたらした。脱走艦となったAAを匿っているオーブ。艦長は、共に戦うと言った。

冗談じゃない。
出来るわけないじゃないか。連合とオーブ……勝負は目に見えている。

降りたい。もうこれ以上、戦争に関わりたくない。
だからカズイは降りると決めた。キラは別としても、サイとミリアリアは降りると思っていた。

でも……違った。
サイは降りないと言う。自分にも出来ることがある、と言って。
ミリアリアも姿は見えないが、荷造りした形跡はない。
……降りないんだろう、彼女も。
1人で降りるのは後ろめたいし、自分についてどう言われるか想像すると、とても怖かった。

卑怯者。
臆病者。

サイは優しい言葉をかけてくれた。でも他のみんなは?
最前線で戦うキラは?
女の子のミリアリアは?
罵られる……そう思った。

――だから会いたくなかったのに。

「カズイ?」
ミリアリアの声がカズイに突き刺さる。
止まらず立ち去りたかったが、なぜか足は動いてくれない。
「……どうしたの?」
声と共に駆け寄る音が聞こえる。

――来なくていい!
胸中で叫ぶカズイの体は震えていた。

「……寒い?」
「寒くなんか
あっけらかんとした物言いに思わず顔を上げると――静かに微笑むミリアリアがいた。

両手に抱えるように、赤いパイロットスーツを持って。
なぜ彼女が、こんなものを?

「……それ……」
理解できずに指をさすと、ああ、これ? と、おどけた調子で言ってのけた。

「捕虜のやつ。没収したままにもしておけないでしょ」
「没収……したまま?」

いよいよもって分からない。それはまるで――
「釈放するみたいな言い方だね」
「そうよ?」
「――は?」

カズイは耳を疑った。釈放? ザフト兵を?

「どうしてそんなことするの?」
「乗っけとく理由無いじゃない。私達、連合から離反してるんだし」
当たり前のように彼女は言う。そこに恐怖心は微塵も感じられない。これから捕虜の元に行くというのに。

「怖くないの?」
「何が?」
「だって……相手はザフトだよ? 何されるか……」
「そんな奴じゃないわよ」

捕虜を悪く言ったカズイを咎めるでもなく、彼女は静かにつぶやく。
そういえばミリアリアは、捕虜に食事を運んでいた。少なくとも自分よりは捕虜について知っているから、言い切れるのかもしれない。
そう思った時。

「……降りるのね」


どくん。


突然、それは来た。
ミリアリアが寂しそうにつぶやいた一言。

降りる。

「降り……ないの?」
答えの分かりきった質問を、彼は投げかけてしまった。
「うん。私にも、出来ることあるから……」
予想通り、彼女はサイと同じことを言った。
そのせいだろうか、とても惨めな気分になる。
自分には何も出来ない……そう言われている様な錯覚に陥る。

――思っているのは自分なのに。

「……カズイは、私達が出来ないこと、ちゃんとしてあげてね?」
「……え?」
ミリアリアは、カズイが思いもしないことを口に出した。
「私達は家族を心配させちゃうから……カズイは、ご両親のこと、大事に守ってあげて」
寂しげな笑顔に願いがあふれる。
AAに残れば向かうのは戦場。いつ命を失うか――彼女達の両親は、その恐怖と戦わなくてはならないのだ。
それがミリアリアは、心苦しい。

「……そうだね」
見つけた。自分の出来ること。
彼女の様に、戦場に残る強さは無いけど、彼女にも、サイにも出来ないことを、これから自分は出来る。
側で安心させられる。守れる。
その瞬間、艦を降りることへの後ろめたさが消えた。

「……死なないでね、ミリィ」
「カズイも、気をつけて」

手を差し出すと、ミリアリアは応えてくれた。
別れの握手。
最後くらいは笑顔でいたかった。しかし、表れたのはぎこちない笑みだけ。
いつの間にか、笑い方を忘れてしまった。

それはミリアリアも同じ。

儚げに笑う様になったミリアリア。
心から笑えなくなった自分。

次に会う時は、戦争が終わった時は、どうか心からの笑顔を取り戻していますように……





-end-
結びに一言
カズイ退艦の際、ミリィと会った様子なかったので……脳内補完。



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