アウルナ編 「うそ……」 その瞬間、ルナマリアは顔を引きつらせてしまった。とあるデパートで可愛いワンピースを見つけ、試着室に入ったまでは良かったのだが、背中のファスナーを上げ、もう少しで首元にたどり着く――という所で、なんと金具が布地に噛んでしまったのである。 ほとんど着てしまった状態で、脱ぐことすら難しい。下手に扱ったら、生地を破いてしまうかもしれない。 それゆえ――思わず声がもれてしまった。 どうしようか悩んでいると、痺れを切らしたように、外にいるアウルが話しかけてきた。 「……ルナ、まだ?」 ちょっとだけ苛々している。元々、持久力とか、忍耐力というか……人を『待つ』のがあまり得意でないアウルは、試着始めて二分と経たない内に、待つことに疲れてしまったようで。 「急かさないでよ、今ちょっと、緊急事態……」 「緊急事態? 服着るだけで、どうして緊急事態なんか起こるわけ?」 ムッとするアウルの声。どうやら本当に、彼的に一人でいることに限界を感じているらしい。 早く出て行きたいのは山々だが―― 「仕方ないでしょ、着れないんだから」 「は?」 「だから、着れないの! ファスナーが噛んじゃって――」 「え?! ルナ、太ったの?!」 ――ファスナーが噛んだ。 今、ルナマリアは、事実を正確に伝えたはずだった。 しかしアウルは、後半の重要部分を耳に入れず、前半の「着れない」発言だけで、勝手に話を進めてしまって。 「そっか、本当に太ってたんだー……この頃、あごの所とかの肉付き良くなったな〜、とか思ってたけど、気のせいじゃなかったんだ。太ってたんだ」 「……アウル」 「でもさ、そういう時って、着たらやばそうとか、結構分かるだろ? 試着室で二分も粘るなよ」 「アウル」 「ほらほら、着れない物を無理矢理着ないで、さっさと出て――」 「――アウル」 静かに。 彼女の声は、静かに響いた。 静かに――野太く。 そして、声と同時に、試着室を仕切るカーテンから手が生えた。 アウルの首へと。 「……ル、ナ?」 首を鷲づかみにされたアウルの頬に、一筋の汗が流れる。 「アウル。私、太ってないから。ファスナー、噛んじゃっただけだから」 「…………はい」 カーテンの隙間から見える般若の瞳に、アウルはただ、一言紡ぎだすので精一杯だった。 -end- 恐怖のルナ(笑) - 34 /69- |