シホ



イザーク・ジュールという人物を初めて間近で見たとき、シホはひどく戸惑った。
若い隊長だとは聞いていた。しかし……現れたのは、士官学校を卒業した直後の自分と、ほとんど年齢の変わらぬ、ちょっと高飛車風な少年で。しかもただ偉そうなだけではない。顔につけられた生々しい傷跡が、歴戦の勇士たる風格すらも漂わせている。
なのに――シホとイザーク、二人の差は、たったの一期。
同じ『赤』を纏い、一年で隊長を名乗ることの出来た人物であると知らされ――焦燥感が生まれた。

自分は……イザークのようになれるだろうか。
彼女は、自分の未来と彼の未来を重ね合わせる。そして悲観した。

赤を纏うシホだが、成績はエリート達の中でも下位の方である。しかも“女”。赤服を着る女性など。一期に一人、現れるか現れないかの確率だ。
無論、出世する人間もいる。だがシホは、白服を着る自分を想像する事が出来なかった。
士官生時代は、あんなにも夢見ていたのに――

「こんな所で何をしている? シホ・ハーネンフース!」

突如呼ばれ、シホは振り返った。
イザークがいる。そして彼女の目の届く範囲にいるのは、白服を纏った彼一人。
と言うことは……イザークがシホの名を呼んだわけで。

頭の回路が繋がらない。彼とはつい先ほど、顔合わせをしたばかりなのに……まさか、もう早名前を覚えられているとは思わなかった。

「何をしているのか、と訊いているんだ」

一向に話し出さないシホに苛立ちを感じたのか、イザークの口調が強くなる。
目の前にいる少年は、自分の上官――その現実を認識した途端、シホの頭は恐ろしい勢いで回りだした。ピッと姿勢を正し、的確に現状を伝える。

「申し訳ありません。考え事をしていました」
「そんなもの、見れば分かる!」
「――は?」

怒鳴られ、シホは目を点にした。
何をしているのかと訊かれたから、考え事をしていると伝えた。間違っていないはずだが、彼は声を荒げた。
見れば分かる――と。
意味が分からない。
まじまじとイザークの顔を覗き込んでいると、彼は咳払いをして、言葉を繋いだ。

「いや、そうじゃなくてだな……その、私は貴様の上官なんだから、部下のことは全て把握しておかないと……」

口ごもりながらも、イザークは伝えるべき言葉を探した。
そのたどたどしさが、シホに全てを教えてくれる。

つまりイザークは……考え事をするシホを見つけ、相談にのろうとしたのだ。しかし彼は相談ごとなど、したこともされたことも無い。慣れない事にチャレンジした結果、どうすればシホの悩みを聞き出せるのか、分からなくなってしまったのだ。


〈不器用な人……〉


シホはまだ、眉間にしわを寄せたイザークしか見た事が無い。
相手は上官で、自分は部下。下手に馴れ合うつもりは無かったが……瞬間、笑った顔も見てみたいと思ってしまった。
厳しい空気を漂わせながら、実は優しい上官の微笑を。

「いえ。赤服の重みを感じていただけです」
「赤の、重み……」

ふとイザークの顔が曇る。思わぬ反応に、シホは戸惑った。
『赤の重み』で、なぜそんな、哀しそうな顔をするのか。


知りたい――けど、立ち入れない。


歯痒い思いをしながら、シホは決意した。

この人に、ついていこうと。
どこまでも、地の果てまでも。


彼の傍で、戦い続けよう――





-end-
結びに一言
イザシホ初顔合わせ直後をイメージ。しかめっ面のイザークよりも、笑顔を見てみたいと思うシホで。



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