そこはとても大事な場所




「ほら、やっぱりここ、右だった」
「くそっ……何でお前が前を歩くんだ!」
「あんたに任せてたら、日が暮れても着かないよ」
「ううう……」

軽く入る毒に、カガリはただ、うなるのみ。

キサカがくれた山の地図を持って、先頭を歩いていたのはカガリ。
道に迷ったと分かった瞬間、地図を持つのはシンになった。


正確には――シンが、奪い取った。


「……なら、お前に任せれば、あっさり着くんだな?」
「もちろん。ほら、着いた」
「え――」

シンの前を見れば、木々が開け、青空が広がり、オーブを一望できる世界があった。
小高い山の一番天辺。遮る物は、何も無い――

「ここ……」

丈の短い草を踏みしめ、カガリはゆっくり、足を進める。

「ここって……」
「何? 来たことあんの?」
「小さい頃……お父様と、一緒に……」

瞬間、シンは悟った。なぜキサカが、この山を指定したのか。
すぐ傍だからかと思っていたが、どうやら、理由はそれだけではなかったようだ。


そこは、父と一緒に来た、思い出の場所――


「お父様は……」

小さく、カガリが呟く。

「お父様は、国の代表で、全然遊べなくて……唯一、仕事無しで来たのが、ここなんだ……なんだ、こんな近い場所だったのか……」

カガリは当時幼すぎて、記憶もあやふやで、「そこ」がどこで、どうやって行ったかも覚えていなかった。
場所も道も覚えていない。けど、その「景色」だけは、しっかり目に焼き付いている。


間違いない。
あれは――ここだ。
父と一緒に……ただ一度だけ遊びに出かけた場所……それは、ここだ。


「なら、ウズミ様も、ここで骨休めしてたのかもな」
「お父様が?」
「あの人だって人間なんだ。へこたれることだってあるだろ? そんな時あんたと……大事な一人娘と過ごすことで、力、蓄えてたんじゃねえ?」
「お父様も……」

カガリにとって、ウズミは完璧な人間だ。弱音なんて、聞いたことが無い。
でもそれを、全て隠していて。
見られないようにしていて。
くじけそうになった時、自分が助けていたとしたら……

「大事な一人娘、か」

自分はウズミにとって、大切な人間であったはず。かけがえの無い存在だったと信じている。
そんな思いに浸りながら、カガリはシンを見た。

「……なんだよ」
「いや……私にとってはお前だな、と思って」
「は?」

シンの眉間にしわが寄る。それすらも愛しく思いながら、カガリは柔らかく笑って言った。


「私の心を、癒してくれる人」


父にとって、自分が癒しとなっていて。
なら自分にとっての癒しは――と探したら……シンがいた。

シンは、カガリにとって、癒し。
支え。
とてもとても、大切な人。

「ありがとう、シン。ここに連れてきてくれて」

その言葉に、シンは赤くなった。

心の疲れが取れていく。
心が軽くなり、身体の疲れも薄くなる。
それは、父との思い出の地で――




-end-


結びに一言
カガリにとって、とても大きいシンの存在。
刹那の安らぎが、思い出と現在を繋ぐ。

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