そうして、かれこれ三十分以上が経過した。あたしの下では相変わらずボーマンダがどっしり居座っていて全く動く気配がない。どうやら何かを考えこんでいるようで、少し虚ろになった目をぼんやり虚空に向けている。たまにぎゃるると喉奥で不機嫌そうに唸るのが怖い。

(はやくどっかいけよぉー)

考え事とかそういうのはどっか他の所でしてほしい。自分の寝床とか川のほとりとか、とにかくここじゃない所でだ。ただでさえ熟れに熟れたモモンの実が、いつこいつの頭におちて上を向かれるかわかんないってのに。

「ぎゅるる……」
「…………」

そうだ。わからないと言えば、なんでこいつがあたしの事を追いかけているのかもよくわかってない。あたしがなんでこんな所にいるのかも、だ。

先に言っておくけど、あたしはこの世界の人間じゃない。あたしの世界ではポケモンはゲームの中の生き物として存在してた。つまり二次元の存在だった。
それなのになんでこの世界にいるのかって言うと、よそ見しててコントみたいにマンホールに落ちたと思ったら何故か森の中だったんだ。つまり、落ちてトリップした。二次元ではよくある話だ、まさか自分にふりかかるなんて思わなかったけど。
そんで、途方にくれながら人を探して歩き回ってたら、いきなり真下のこいつに襲われた、というわけ。
元々ポケモンのゲームは結構やりこんでて、どこに何がでてくるかはちゃんとどの地方も把握してる。だから追いかけられて走り回ったりしてるうちにいろんなポケモンを見かけて、ここが何処で何地方なのかも全てわかった。やっぱり少し変化してるみたいだけど、分布を当てはめればばっちり。
ここはホウエン地方の煙突山だ、多分だけど。なのに、なんでこんなとこにボーマンダがいるんだろう。お前が住んでそうな所はリュウセイランの滝だろ!ごーほーむ!お腹いたくなって滝に帰れ!

目の下のぷにぷにお腹を睨みながらぐぬぬと目にちからを入れる。ちくしょう、ドラゴンタイプってやつはどうしてどいつもこいつも腹がぷにぷになんだ!一回さわりたい、せっかくポケモンの世界に来たんだもん。すべすべお腹を堪能したい。ピカチュウのもち肌も触ってみたい、トロピウスのバナナを食べてみたい、チルットの羽毛をもふもふしたいのだ。

おっと、いつの間にか腹痛の呪いじゃなくって邪な想いでボーマンダの腹を見ていたようだ。じゅるりと垂れそうになった涎を拭って、思考を散らすように頭を振る。つか、さっきからなんか足がむずむずする。
葉っぱでも当たってるのかな?と体制を崩さないようにしつつちらりと後ろを見ると、そこには足の近くでモモンの葉っぱをもしゃもしゃと食べている一匹のポケモンがいた。あたしが自分の事を見ているのに気がついたのか、食べるのをやめて、そいつはこてりと首を傾げる。

「むきゅ?」

紅白の体、無数の吸盤、ω形の口、どこを見ているのかよくわからない瞳、芋虫ががんばって攻撃的に尖りましたみたいなフィルム。
こ、こいつは…………ケムッソ!ケムッソじゃないか!

「ぎゃぁあああああ!!毛虫ぃぃいい!!!」
「ぎゅおっ!?」

あたし虫だけは絶対に駄目なんだ!!
自分でもびっくりな大声を上げて、びょんと木の上で飛び上がれば、そりゃバランス崩すよねぇ。がさがさと音を立てて、地面へまっ逆さまにおちていく体。あまりにも驚きすぎて、口からなんか抜き出ていきそうな気がする。主に魂とか、内蔵とか。

頭から垂直に地面に落ちてくあたしのすぐ下で、呆気に取られてでっかい口をぽかんとあけてこちらを見ているボーマンダと目が合ったと思ったその瞬間、ごぃいんと額にとんでもない衝撃。

頭ん中を直撃したそのダメージに耐えられず、そのままあたしの視界はまっくらになったのだった。



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