2 「欲しいと言うなら、取ってきてやろう」 *河上のカミングアウト 河上万斉が最初から敵視剥き出しなのは知ってた。 おそらく奴も高杉にハメて嵌められたひとりなんだろう。男の嫉妬は女のそれより陰湿なときがある。 朝飯を食いに行こうとしたら、背中にぴったり刀を突き付けられた。もっともこの遣い手にしては珍しく、殺気丸出しだったので容易く先手を取れたけど。 「どーゆーつもりィ? お宅の総督に許可貰ってここに居んですけどぉ」 「拙者は許したつもりなどない」 「ふーん。朝飯がひとり分足りなくなっちゃった? ひょっとしてオメー、寝坊した?」 「相変わらずふざけた男だ」 「オメーのがな。いい加減退けろ。鳩尾ぶっ刺すぞ」 河上は渋々という空気を殊更に強調しながら、刀を引いた。 さて本題、というところか。 「晋助を誑かすのは、そらそろ止めにしてもらいたい」 「はア? あいつを誑かすほど俺ァ御大尽じゃねえよ。金どころか、命がいくつあっても足りやしねえ」 「本音か」 「つうか、オメーのほうがよく知ってんじゃねーの。高杉が他人に溺れる質かどうか」 「……いかにも」 「じゃ、そゆことで」 「待て。晋助が主に惚れておらぬのはわかった。だが主は?」 「……は?」 「主が晋助を愛さぬ証拠にはならん」 「俺が? あいつを?」 たとえば寝小便の大きさを貶し合ったころ、素振りの回数や潰した豆の数を競ったころ。 下心なく風呂で裸をさらし、相手の躯を自分と比べ、密かに対抗心を燃やしたころ。 そしてそのまま、少し躯だけが大きく逞しくなって、今まで排泄器官として使ってきたところが、快感を得られる部位だと知ったころ。 俺たちは自慰を覚えるように自然と、互いの躯で欲求を満たしてきた。 高杉に至っては、本来使うべき器官より先に、禁じ手のただならぬ快感を知ってしまったくらいだ。実際初めて女を抱いたとき、あまりに快感が薄くて驚いていた。 もちろん、俺は放出できなくて四苦八苦する高杉の横で、手を叩いて大笑いしたのだから確かだ。 愛さない証拠は、それで十分ではないのか。 「オメーもさ、高杉とヤッたんだろ」 「……」 「ま、いいよ答えなくて。この艦の中で、どんだけの男が、逆に高杉と寝てないのか知りてえくらいだし、あいつがそういう奴だってのは昔から知ってるし」 「……」 「そういうの含めて全部高杉だろ。餓鬼の感覚だって言われちまえばそうだけど」 「……」 「少なくとも俺ァオメーみたいに、高杉が他の男と寝たからって腹も立たねえし、失望もしねえ。ああ、いつも通りだって、思うだけだ」 「……」 「こんでいい?」 「この艦で晋助に触れておらぬ男は、拙者だけだろうよ」 これは、驚いた。 触れもしないで、なぜこんなに執着するのか。理解できない。 そう言ったら、河上も少し考えた。 「ではなぜ、主は肉体関係があるものと思い込んだ?」 「俺がそうだったからだ、当たり前だろ」 「『そう』? 晋助が好きだった?」 何度説明すれば気が済むのか、少しうんざりしたとき、河上は軽く手をあげて、そうではないという手振りをした。 「心配無用。それではなかろう。そうではなく、主は『肉体関係がある者に』腹を立てたことが、または失望したことがあるのかと聞いたのだ」 冷水をぶっ掛けられた気分だった。 ぐらり、と視界が歪んだほどだ。 「ほう。白夜叉も、恋をするか」 「こい、だァ……?」 「これは好都合。実は拙者の見るところ、晋助も格別主に拘ってはおらぬ。ただ、主が晋助にあらぬ感情を抱くのを嫌ったのだが……ならば、取引をせぬか」 取り繕う余裕がなかった。 「主の恋の、相手」 それを聞いて真っ先に、脳裏によぎったのは 「欲しいというなら、取ってきてやろう」 白い肌、黒い髪、 「代わりに晋助には触れるな」 ――よろずや、 土方の躯だったなんて。 章一覧へ TOPへ |