「欲しいと言うなら、取ってきてやろう」
河上のカミングアウト






 河上万斉が最初から敵視剥き出しなのは知ってた。
 おそらく奴も高杉にハメて嵌められたひとりなんだろう。男の嫉妬は女のそれより陰湿なときがある。


 朝飯を食いに行こうとしたら、背中にぴったり刀を突き付けられた。もっともこの遣い手にしては珍しく、殺気丸出しだったので容易く先手を取れたけど。

「どーゆーつもりィ? お宅の総督に許可貰ってここに居んですけどぉ」
「拙者は許したつもりなどない」
「ふーん。朝飯がひとり分足りなくなっちゃった? ひょっとしてオメー、寝坊した?」
「相変わらずふざけた男だ」
「オメーのがな。いい加減退けろ。鳩尾ぶっ刺すぞ」

 河上は渋々という空気を殊更に強調しながら、刀を引いた。
 さて本題、というところか。

「晋助を誑かすのは、そらそろ止めにしてもらいたい」
「はア? あいつを誑かすほど俺ァ御大尽じゃねえよ。金どころか、命がいくつあっても足りやしねえ」
「本音か」
「つうか、オメーのほうがよく知ってんじゃねーの。高杉が他人に溺れる質かどうか」
「……いかにも」
「じゃ、そゆことで」

「待て。晋助が主に惚れておらぬのはわかった。だが主は?」
「……は?」
「主が晋助を愛さぬ証拠にはならん」
「俺が? あいつを?」

 たとえば寝小便の大きさを貶し合ったころ、素振りの回数や潰した豆の数を競ったころ。
 下心なく風呂で裸をさらし、相手の躯を自分と比べ、密かに対抗心を燃やしたころ。

 そしてそのまま、少し躯だけが大きく逞しくなって、今まで排泄器官として使ってきたところが、快感を得られる部位だと知ったころ。

 俺たちは自慰を覚えるように自然と、互いの躯で欲求を満たしてきた。
 高杉に至っては、本来使うべき器官より先に、禁じ手のただならぬ快感を知ってしまったくらいだ。実際初めて女を抱いたとき、あまりに快感が薄くて驚いていた。
 もちろん、俺は放出できなくて四苦八苦する高杉の横で、手を叩いて大笑いしたのだから確かだ。


 愛さない証拠は、それで十分ではないのか。

「オメーもさ、高杉とヤッたんだろ」
「……」
「ま、いいよ答えなくて。この艦の中で、どんだけの男が、逆に高杉と寝てないのか知りてえくらいだし、あいつがそういう奴だってのは昔から知ってるし」
「……」
「そういうの含めて全部高杉だろ。餓鬼の感覚だって言われちまえばそうだけど」
「……」
「少なくとも俺ァオメーみたいに、高杉が他の男と寝たからって腹も立たねえし、失望もしねえ。ああ、いつも通りだって、思うだけだ」
「……」
「こんでいい?」

「この艦で晋助に触れておらぬ男は、拙者だけだろうよ」



 これは、驚いた。
 触れもしないで、なぜこんなに執着するのか。理解できない。
 そう言ったら、河上も少し考えた。

「ではなぜ、主は肉体関係があるものと思い込んだ?」
「俺がそうだったからだ、当たり前だろ」
「『そう』? 晋助が好きだった?」

 何度説明すれば気が済むのか、少しうんざりしたとき、河上は軽く手をあげて、そうではないという手振りをした。

「心配無用。それではなかろう。そうではなく、主は『肉体関係がある者に』腹を立てたことが、または失望したことがあるのかと聞いたのだ」



 冷水をぶっ掛けられた気分だった。
 ぐらり、と視界が歪んだほどだ。

「ほう。白夜叉も、恋をするか」
「こい、だァ……?」
「これは好都合。実は拙者の見るところ、晋助も格別主に拘ってはおらぬ。ただ、主が晋助にあらぬ感情を抱くのを嫌ったのだが……ならば、取引をせぬか」


 取り繕う余裕がなかった。

「主の恋の、相手」

 それを聞いて真っ先に、脳裏によぎったのは

「欲しいというなら、取ってきてやろう」

 白い肌、黒い髪、

「代わりに晋助には触れるな」

――よろずや、



 土方の躯だったなんて。







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