安室透を落としたい! | ナノ


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「う、うそ・・・!」

最近、体が重くなってきたなと感じてきたので、半年ぶりに体重計に乗ってみた。表示された数字に驚きが隠せないわたしの頬には、冷や汗がたらりと垂れる。「どうか神様、嘘だと言って!」今の私の心境を声に出すと、多分こんな感じである。


Challenge7 ダイエットをはじめてみる


「めっちゃ太ってる!!」

近所迷惑も考えずに、思わず大声で叫んでしまったわたしは、慌てて自分の口を押さえた。押さえたところで後の祭りだけれども、いやはやそれくらいの衝撃だ。これはいただけない。由々しき自体だ!安室さんを落とすぞ計画を発動中のわたしは、あれやこれやと、いろいろな方法を試して女子力アップを図っているのに、その逆をいってしまっているこの結果とは何たるや。

「・・・そういや、最近ポアロで安室さんがすすめてくれるスイーツばっか食べてたから」

・・・原因は安室さんだった。安室さんがシフトに入っている日は、ほぼ毎日通っているのだ。わたしは少しでも安室さんの側にいたい。だけど、コーヒー1杯で長時間ポアロに居座るなんてセコいことはできないので、滞在中は手元のものがなくなれば、次の注文をお願いする。そこで、安室さんにおすすめを聞くたびにおいしそうなメニューを紹介してくれるから、ついつい、いろいろと頼んじゃうんだよね。

「これは安室さんが原因というより、安室さんに弱いわたしがいけないのか・・・」

責任転嫁してごめんなさい。はぁーと大きなため息をついたわたしは、少しキツくなったスカートのウエスト部分を見つめ、もう一度深いため息をつく。また一歩大和撫子から遠ざかってしまった・・・。最近、なにをするにも理想の大和撫子像の逆をいってしまっている気がしてならない。どんよりとした気分に浸っていると、ふいに安室さんの隣に並ぶ、顔の見えない美女が頭をよぎる。


「いやいや、ちょっと増えただけだし!運動すればなんとかなるし!!」


突然現れた顔なし美女を追い払い、無理やり前向きな言葉を並べる。落ち込む自分を奮い立たせてテンションを上げないと、負の無限ループに陥ってしまうところだった。こちとら超ハイスペックで、恋愛偏差値もべらぼうに高そうな安室さんに戦いを挑んでいるんだ。経験値0のわたしがそんな安室さんを落とそうだなんて、はなはだ無謀な挑戦をしているわけだから無理は承知。当たって砕けろの精神なので、こんなところで落ち込んでられない。

「こうなったら明日からジョギングしてダイエット開始!」

思い立ったら即行動がモットーだ。力強く拳を握りしめたわたしは、ワードローブの奥底にしまっているジョギング用のウェアを探しはじめた。


*****


「はぁ・・・はぁ・・・」

翌朝、さっそく早起きをしてジョギングへ向かうことにしたわたしだが、開始15分も立たないうちに根をあげていた。序盤は軽快なリズムで颯爽と走っていたものの、それが続いたのはわずか数分のこと。徐々にペースは落ちていき、しまいには歩くスピードにまで落ちてしまった。

「しんど・・・」

ただ走るという行為だけなのに、こんなにも体力を消耗するものだったっけ。これはもう走るのは無理だな、と早々に諦めたわたしは、とりあえずジョギングからウォーキングに切り替えて、ゆっくりと歩くことにする。

今朝は見た目のかわいさに衝動買いしたスポーツウェアを着てテンションがあがり、いまから運動をするにも関わらず、メイクもばっちり決めてウキウキ気分で家を出たというのに。どうやら、わたしには「自分の都合の悪いことはなかったことにする」という脳内回路ができあがっているらしい。テニスの時しかり、そういえば自分の運動神経がどんなものなのかが、すっぽりと抜け去っていたことに走り始めてから気づいた。まあ、でも、

「朝の空気は気持ちいい〜・・・」

両手を引っ張り、体を伸ばす。スーッと大きく息を吸いこめば、それだけで早起きしてよかったとも思える気持ちよさ。ジョギングはできなかったけど、この空気のおいしさが味わえただけでも大きな収穫ということにしておこう。

「ん?」

しばらく川沿いを歩いていると、橋の下でトレーニングをしている人の姿が見えた。「朝からすごい」と感心して遠目で眺めていたけれど、じっと見ると、その姿はわたしがよく見知っている人に似ている気がする。


え?安室さん・・・?


近寄ってみると、やっぱりそうだ。偶然の再会にうれしくなったわたしは、「安室さーん!」と声をかける。名前を呼ばれた安室さんは、こちらを見ると、一瞬驚いた表情を見せたけど、「おはようございます、名前さん」といつもの笑顔を見せてくれた。

「朝からトレーニングですか?すごいですね」
「動かさないと鈍ってしまうので」

そんなことしなくても大丈夫そうなのに。こんなところでも完璧な安室さんには感心するばかり。現状に満足するわけではなく、さらに高みを目指すなんて「さすが安室さん」の一言に尽きる。

そんな姿を見ると、やはりわたしの怠惰な生活っぷりはいただけないな。安室さんがこんなにがんばってるのに、わたしときたらジョギングをし始めて、わずか数分で挫折して諦めてしまった。こんなんじゃ、とてもじゃないけど、安室さんの隣を胸を張って歩けない・・・なんて考えている途中、そこでわたしはハッとする。

「あ、トレーニング中に邪魔してすみませんでした!」

安室さんを見つけられたうれしさに、つい声をかけてしまったけど、これって迷惑だったんじゃ・・・と気づいて焦る。余計なことをして「空気読めないやつ」認定されてしまっては、ますます大和撫子から遠ざかってしまうじゃないか。私のバカ!そう思って慌てて頭を下げると、安室さんからクスクスと笑う声が聞こえてくる。

「別にかまいませんよ。あと少ししたら休憩しようと思っていましたし」
「そうなんですか。じゃあ、ちょっとだけ見ててもいいですか?」

笑顔の安室さんに気をよくしたわたしは、先ほどの「空気読めない奴認定されたら、どうしよう」を早速なかったことにして、図々しくもそんなお願いをしてみた。だって、せっかく朝からプライベートな安室さんを拝めるんだ。こんな貴重な機会逃がすわけにはいかないもんね!


「かまいませんが・・・。そんな面白いものでもないですよ?」
「いいんです。安室さんの側にいられたら」


ニッコリと笑ってそう言うと、「どうぞご自由に」と苦笑いを見せながら安室さんが了承してくれた。


すぐさま彼の元へと駆け寄ったわたし、緩んだ表情を見せないようにグッと頬に力を入れて安室さんを見つめていた。ニヤニヤして気持ち悪いと思われることだけは避けておきたいからね。

近くで見る安室さんは今日もやっぱりかっこよかった。普段は見かけないジャージ姿にもキュンとして、気がつけば頬が緩んでしまう。わたしにかまわずトレーニングを再開させた安室さんは、壁に向かってシャドーボクシングをしたり、腕立て伏せをしたりと、だいぶんハードな運動をしている。安室さんは朗らかで、温厚な男の人というイメージがあるけれど、今の安室さんからはそんな雰囲気は漂ってこない。真剣なその表情に、思わずわたしも見入ってしまう。ああ、そうだ―――。


「どうしたんです?そんな顔して」

トレーニングを終えたのか、タオルで汗を拭きながらこちらを見ている安室さんにハッとする。どうやらわたしは、いつの間にか自分の世界に入っていたようだ。

「ああ、いえ、ちょっとボーっとしてました」

えへへと笑ってそう告げると、安室さんは手元にあるペットボトルの水をぐびぐびと飲み干す。そんな姿を眺めながら、ふと疑問に思ったことを口にしてみた。

「安室さんっていつ休んでるんですか?この間、コナンくんに『いっつも忙しそうにしてる』って聞きましたよ?」
「コナン君が?まあ、ポアロと探偵の仕事で忙しいのは確かですが・・・」
「睡眠時間はどのくらいなんですか?」

わたしがそう尋ねると、苦笑いを浮かべる安室さんはポリポリと頬をかく。

「そうですね・・・2、3時間くらいかな」
「え?!それ少なすぎです。2、3時間なんて寝たうちに入りませんよ!」

確かにポアロと探偵の仕事をかけもちするのは大変かもしれないけど、それにしたって短すぎじゃないだろうか。わたしなんて、しっかり睡眠時間を取らないと、その日のパフォーマンスが著しく下がってしまうタイプなのに。

わたしがそんな余計な心配をしていると、隣にいる安室さんの目が鋭くなり、なにか力のこもったような横顔が見えた。

「・・・僕にはやり遂げなければいけない使命がある。そのためなら、何だった出来ますよ」

それはとても力強い声だった。安室さんの真剣な表情からも、そこに込められた思いのようなものが伝わってくる。トレーニング中もそうだったけど、この表情はいつもの優しげな安室さんとはまた違った顔だった。

ポアロの仕事というよりは、探偵の仕事の方のことを言ってるのかな。もしかすると、探偵というのはわたしの想像以上に大変な仕事なのかもしれない。ポアロでの完璧な仕事ぶりからもわかるように、安室さんは多分自分に厳しい人なんだと思う。おだやかな表情を浮かべる姿ももちろん素敵だけど、今日みたいな使命のために燃えている安室さんも、やっぱり素敵だな。

「・・・そっか、そうなんですね」

『やり遂げなければいけない使命がある。そのためなら、何だった出来ます』か。心の中でその言葉を繰り返したわたしは、パッと隣にいる安室さんの方を向いた。安室さんは小さく独り言を言うわたしのことを不思議そうな顔で見ていて、さっきの鋭い目つきはいつの間にか消えてしまっていた。

「安室さんはえらいですね」

その使命のために寝る間も惜しんで、こうやって一人でトレーニングもして。きっとわたしが思っている以上に、安室さんは忙しい生活を送っているにちがいない。誰が見ているわけでもないのに、自分を決して甘やかさず、きちんと律することができる。それは誰もができることじゃない。

「・・・っ」

よしよし、とわたしの手が思わず安室さんの手に伸びたのは、本当に自分でも無意識だった。驚いた表情を見せた安室さんだったけど、そのあと少し恥ずかしそうに目を逸らす姿を見て、わたしはフフッと小さく笑う。

「安室さんはがんばりやさんですね」

からかうようにそう言うと、「・・・子どもじゃないんですから」と返される。わたしは安室さんの頭からそっと手を離して、隣に座る彼の横顔を見つめた。安室さんが果たしたい使命が何なのかはわからないけど、それに向かって努力している安室さんはやっぱりかっこいい。

「・・・たまには無理しないで、ちゃんと休んでくださいね」

わたしがそう言うと、目を大きく見開いて驚いた表情を見せる安室さん。あまり見かけない表情がなんだかかわいくて、わたしはクスクス笑ってしまった。すると、今度はちょっとバツが悪そうな顔をする。

「・・・ちゃんと休んでますよ」
「コナン君から『1時間しか寝ない日もあるらしい』って話も聞きましたけど」
「・・・・」

沈黙は肯定か。いつもはなにかと安室さんに負けてばかりのわたしだけど、どうやら今日の軍配はわたしに上がったようだ。

「寝れるときには、しっかり寝てくださいね」
「・・・善処します」

苦笑いを浮かべてそう言う安室さんに、「ぜひそうしてください」と笑顔を返したわたし。ダイエットのためと意気込んだ早朝ジョギングは早々に挫折したけれど、思わぬラッキーに出会えた朝は、こうしてウキウキと楽しい気持ちで幕を開けたのだった―――。

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