安室透を落としたい! | ナノ


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「とりあえず、誰もが振り返るような美人になれる整形メイク教えてくれません?」

私が真顔でそう詰めよると、イケメンヘアメイクさんは苦笑いでこちらを見てくる。ええ、ええ。無理難題を突きつけているのは重々承知しております。だけど、こちとらマジの本気で言ってんだからお願いしますよ、お兄さん!!


Challenge8 プロの手を借りてみる


「名前さん、近いって」
「それだけ安室さんに本気ってことですよね」

イケメンヘアメイクさんと同じく苦笑いの園子ちゃんとニコニコ笑う蘭ちゃん。ハッと我に返ったわたしは「ごめん、ごめん」と一歩引くと、改めて今日お世話になる浅海さんにあいさつをした。

安室さんを落とすぞ大作戦を絶賛実施中のわたしは今日、園子ちゃんに連れられ、彼女御用達のサロンに来ていた。わたしがプロのヘアメイクさんを紹介してほしいと頼んだことを覚えていた園子ちゃんから、先日「空いてる日はないか」と連絡をもらい、今日にいたるというわけだ。

「浅海さん、名前さんが狙ってるイケメンって、めちゃくちゃハイレベルなの!今日は、男受けするモテヘアメイクをあますことなく伝授してあげて!」

「園子ちゃんの頼みとなれば、力になるよ」と微笑むヘアメイクさんは、やさしげな雰囲気がどことなく安室さんに似ている気もする。「今日はよろしくお願いしますね、苗字さん」という笑顔に、以前のわたしなら即落ちしていたと思う。だけど、あいにく絶賛安室さんに片想い中の今のわたしには、それすら霞んで見えてしまう・・・。恋って恐ろしい。改めて、この安室さん効果には驚くばかりである。

「じゃあ、とりあえず雑誌見ながら、いろいろ試してみよっか」
「はい、お願いします!」

浅海さんは早速私たちの目の前にいろいろな雑誌を広げ、今のトレンドや顔のタイプ別のヘアメイク術について教えてくれた。もちろん絶賛恋愛中の蘭ちゃんや園子ちゃんもそれに加わり、女3人で和気あいあいとヘアメイクレッスンを楽しむ。女の子同士のこういった時間って、やっぱり誰と一緒でもウキウキしてしまうものだ。

「わー!名前さん、超かわいい!」
「大人っぽくて、セクシーな感じですね!」

園子ちゃんと蘭ちゃんのそんな言葉に気をよくしたわたしは、「そうかな〜」と照れ笑いをこぼしながらヘアメイクレッスンを堪能した。ここでコナン君がいたら、また「名前姉ちゃんって、怪しい壷買わされるタイプだよね」とか言われそうだけど、残念ながら、そのコナン君も今日はお家でお留守番だ。心おきなく女子高生の賞賛に浸ることができたわたしは、そのあと、浅海さんにかわいいヘアアレンジもいくつか伝授してもらい、岐路につくこととなった。


*****


「あ、名前さん。今日はいつもと雰囲気違いますね」
「さすが梓さん!さっき園子ちゃんの知り合いのヘアメイクさんに、いろいろやってもらったんですよ」

ヘアメイクレッスンが終わったあと、女子高生2人(特に園子ちゃん)にせっつかれ、その足でポアロに立ち寄ることに。出迎えてくれた梓さんは、いつものごとく明るい笑顔で席へと案内してくれる。

一方、お目当ての安室さんはちょうど買い出しにでかけているらしい。プロ仕様のヘアメイクを施した自分の姿を見て、安室さんはどんな反応を見せてくれるんだろうかと期待半分、不安半分という感じだけど、とりあえず、その答えが出るにはまだ先になったことにホッと息をついた。

店内を見渡してみると、珍しく女性客の姿はなく、いるのはサラリーマンや学生など男性客ばかり。いつもは安室さん目当ての女性客がかならずいるんだけどなぁ・・・と、いろいろ考えていると、お水とメニューを持った梓さんが席へとやってきた。「ありがとうございます」と言ってそれを受け取り、蘭ちゃんと園子ちゃんに向き合う。

「注文は何にする?今日はわたしに付き合ってくれたお礼に、2人とも好きなもの頼んでいいよ」
「わーい!じゃあ、私このケーキセット。紅茶でお願いします」
「じゃあ、私も同じものを」
「かしこまりました。名前さんは、どうしますか?」

渡されたメニューを眺めながら、どれにしようかと考える。蘭ちゃんや園子ちゃんと一緒でケーキセットを頼みたいところだけど、あいにくわたしはダイエット中の身だ。

「う〜ん・・・、わたしはカフェオレで」
「あれ?名前さんいつも安室さん特製のケーキを食べてるのに、いいんですか?」
「・・・食べたいのは山々なんですけど、今ダイエット中なんですよ」

朝のジョギングは早々に挫折してしまったし、ジムに通おうと思って無料体験に行ったら「運動したからいっか」とまた甘いものを食べてしまう始末。とりあえず運動で痩せるという発想からは離れて、食事制限ダイエットに行きついたのだ。

「いろいろ頑張ってますね、名前さん」
「愛のパワーですよね、愛♪」
「そうそう、ホントそれ」

蘭ちゃんや園子ちゃんの言う通り、これもすべて安室さんのためだ。苦手な料理にチャレンジしようとしてみたり、甘いものを我慢してダイエットをしたりするのも、すべては安室さんに振り向いてもらうため。正直自分でもこんな気力があるのかとビックリしてるところだけど、つまりは、それくらい安室さんへの思いも募らせているということだ。

「わたしも応援してますからね!」

グッと両手に力を入れてそう言ってくれる梓さん。ああ、ホントわたしの周りにはいい人たちばっか・・・。わたしが「ありがとうざいます」と返したところで、入口のベルが鳴る。慌ててそちらに目を向けると、スーパーの袋を抱えた安室さんがいた。

「あ、安室さん。おかえりなさい」

梓さんが声をかけると、安室さんは座っているわたし達に気がついたようだ。「いらっしゃいませ」と声をかけてくれる。入口からこちらのテーブルに近づいてくる安室さんを、わたしはドキドキしながら見つめていた。

「安室さん、見て見て!今日の名前さんどうですか?」

園子ちゃんがニヤニヤしながら、私の背中を押して安室さんを見つめる。

「名前さん、今日はいつもと雰囲気が違いますね」

「あ、はい。ちょっと、イメチェンしてみたんです」
「あたしの知り合いのイケメンヘアメイクさんにお願いして、みんなでメイクレッスンしてきたんですよ♪」

ノリノリの園子ちゃんに対して、わたしはすごくドキドキしていた。だって、いつもと違うメイクになんだか落ち着かない。緊張しすぎてまともな顔が出来ずに、照れ隠しにへらりと笑って安室さんの様子を伺う。どんな反応が返ってくるんだろう、とじっと見つめてみたけれど、安室さんはにこっと笑っただけで「梓さん、荷物置いてきますね」とカウンターの方へと行ってしまった。

「・・・・」

・・・え、それだけ?!

思わず後ろを振り返ってカウンターの奥にいる安室さんに目を向けたけど、特にこちらを気にするわけでもなく、いつも通り作業をしている。てっきり安室さんのことだから、「似合ってますね」とかなんとか、女の子が喜びそうな台詞でも言ってくれると思ったのに・・・。

「だ、大丈夫ですか?名前さん」
「も、もしかして安室さん、照れてるのかも〜!」

後ろから気遣うような声をかけてくる女子高生2人の心遣いが胸に染みる。園子ちゃんはそう言って励ましてくれたけど、私が目にした安室さんはどこからどう見てもいつも通りだった。

・・・せっかく安室さんのために頑張ったのに。

いつもはどんなこともポジティブに変換できる単細胞な頭も、今日ばかりは上手く機能してくれなかった。そのあと、店内が混み始めて結局安室さんとゆっくり話す機会もなく、わたしはガッカリとした気持ちでその場を後にした。



*****



「はぁ〜・・・」


自宅に帰るまでの道のりで、もうどれだけため息を吐いたかわからない。満を持してポアロに向かったにも関わらず、あっけなく玉砕してしまい、気分は下がる一方だ。真っ直ぐ帰る気になれなかったわたしは、たっぷりと寄り道をしてから、自宅を目指していた。

そんな帰り道。人当たりのいい安室さんのことだから、お世辞の一つや二つくらい言ってくれてもいいのに、なんて見当違いなことまで思ってしまう。

いつもとちがってカールした髪の先を弄びながら、またポツリとため息を吐いた。気合を入れたこの格好も、自宅に帰れば役目は終わり。「・・・せっかくかわいくしてもらったのに」と小さく呟くと、「ホントかわいいよね」と思わぬところから答えが返ってきた。

慌ててバッと顔をあげると、横からこちらを覗きこむ男2人と目が合う。どうやら隣に人がいるのにも気づかないくらい、わたしは自分の世界に入りこんでいたようだ。

「ど、どうも」

知らない人とはいえ、とりあえずこの力作を褒めてくれたことにお礼を言って、愛想笑いを返しておく。「本当にそう言われたい相手には言ってもらえなかったんですけどね!」という言葉を心の中で呟くと、「では」と足早にその場から立ち去ろうとした。

だけど、それは叶わずに、わたしの足が止まる。振り返ると、にこにこと笑う男がわたしの腕を掴んでいた。

「ねぇねぇ、お姉さん。何か嫌なことでもあったの?元気なさそうじゃん」
「よかったら、俺らと一緒に遊びにいかない?」

・・・驚いた。これはもしや、いわゆる「ナンパ」というやつだろうか。

「いや、もう帰るので大丈夫です」

人生初めての経験に内心驚きつつも、平静を装って男の手を振りほどこうと力を入れる。だけど、そうすればさらに強い力で腕を掴まれて、身動きが取れそうにない。

「そう言わずにさぁ〜。カラオケとかどう?」
「お酒でも飲んでパーッとしちゃう?」

浅海さん、完全に間違った方向に効果発揮しちゃってます!わたしはこんな男たちに絡まれるために着飾ったわけじゃない。安室さんを振り向かせるために、綺麗にしてもらったのに!!

脳内でそんな言葉を男たちに投げつけてやったけど、実際口にするのはやめておいた。とりあえず、この場から早く立ち去らなければと思い「離してください」と伝えるものの、なかなか男の力は強く、この手を振りほどけそうにない。こうなったら、大声で助けを呼ぶしか・・・そう思った瞬間、ププッと後ろから車のクラクションが聞こえて慌てて後ろを振り向いた。


「名前さん、お待たせしました」


そこにいたのは、白のスポーツカーの窓から顔を出す安室さんだった。

「あ、安室さん!」

思わぬ登場人物にチッと舌打ちをした男たちは、「行こうぜ」とそそくさとその場から立ち去ってしまった。その様子にホッと安堵のため息をついたわたしは、安室さんの車に駆け寄った。

「大丈夫でしたか?何やら揉めていたようだったので」
「助かりました。断ってるのに、手を離してくれなくて。安室さんはもうお仕事終わったんですか?」
「ええ。いまからこの近くに住む依頼人と会う予定があって、たまたま通りかかったんです」
「そうでしたか」

さっきまで急降下していた気分も、安室さんを見れば、また浮上するのだから、わたしも存外現金なやつだと思う。会えたらやっぱり嬉しい。今日は落ち込むこともあったけど、これでプラマイゼロでいいか、なんて思っていると、安室さんに「名前さん」とな雨を呼ばれる。

「乗ってください。自宅まで送りますよ」

思ってもみない申し出だった。え、安室さんのこの車で?

「え、いや、いいですよ!!いまから探偵のお仕事もあるみたいですし」
「約束の時間まで、まだ余裕がありますから。もう暗いですし、夜道を歩くのは危険ですよ」

そう言われてにっこり笑われてしまうと、わたしは弱い。・・・惚れた弱みとは恐ろしい。この笑顔には敵わない。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

わたしは助手席側にまわり、そろりとドアを開けると、憧れの助手席に足を踏み入れた。狭い車内は、安室さんの香りでいっぱいだった。それだけでもうドキドキと胸が苦しくて、わたしはこのまま無事でいられるだろうかなどと、訳のわからない感想を抱きながらシートベルトを締めたのだった。


*****


車内という、いつもと違った距離に安室さんがいるせいか、心がソワソワして落ち着かない。いろいろと安室さんが喋りかけてくれるものの、それに軽く相槌を返すことで精一杯で、わたしは膝の上においた拳をギュッと握り締めていた。

信号が黄色になり、車が止まる。さっきまでとは違って車内には沈黙が訪れた。


「・・・その髪、名前さんに似合ってますね」


ふと隣から聴こえてきた言葉にわたしはバッと顔をあげて、運転席にいる安室さんを見た。安室さんは真っ直ぐ前を見ていたけれど、わたしの視線に気づくと、ゆっくりとこちらを向いた。言われた言葉が頭の中でリフレインして、心臓はドキドキと高鳴る。え?さっき、「似合ってる」って言った・・・?


「ホントですか?よかった〜!!ポアロで会ったとき、安室さん何も言ってないから似合ってなかったのかと思いましたよ」


面と向かって褒められると、逆に恥ずかしい気持ちになって焦る。もちろん欲しかった言葉をもらえて嬉しいのだけど、それよりもこんなイケメンに、こんな近距離でそんなことを言われて照れるなという方が無理な話だ。アハハと、引きつった笑顔を浮かべて安室さんを見るわたし。すると、ハンドルを握っていた手がスッとこちらに伸びてる。「え?」と思ったのも束の間。伸びてきた手はわたしの後頭部に回ると、髪を留めていたリボンをするりと抜き取られていった。


「・・・でも、僕はこっちの方が似合ってると思います」


にっこりと笑う安室さんに、完全にわたしの頭はショートした。「髪は下ろした方が好き派なんですね!」と胸のドキドキを悟られないように力強く返したけれど、そのあとのことはちょっと思い出せないくらい頭の中がパンクしそうになっているわたしを、安室さんは隣でクスクスと笑っていた。



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