安室透を落としたい! | ナノ


▼ 真っ向勝負で攻めてみる

毛利探偵事務所の1階にある喫茶店ポアロ。そこには一瞬で女性客を虜にしてしまう噂のイケメン店員がいる。彼の名前は安室透。彼こそ、いま現在、わたしが恋心を募らせている思い人なのである。


Challenge1 真っ向勝負で攻めてみる


このところ足繁く通っている喫茶店ポアロに着いたわたしは、お店に入るや否やお目当ての彼がよく見えるカウンター席に座る。カウンターの左端。この店に入ると、だいたいいつも決まってこの席に座るのだ。

「安室さん、こんにちは!」
「こんにちは、苗字さん。今日もいつものでよろしいですか?」
「はい!お願いします」

ニコニコしながら彼に声をかければ、彼も同じように爽やかな笑みを返してくれる。うう、その笑顔は心臓に悪い。

胸元をギュッと掴んで動悸に苦しむわたしを見て、ちょっと心配そうにこちらを覗きこむ安室さん。キョトンとした表情が、これまた可愛いのなんのって・・・。ここに医者がいたのなら「ああ、くらくらします先生。私の病状はなんでしょうか」と質問したいくらいです。

「大丈夫ですか?苗字さん」
「え、ええ。いつものことなのでご心配なく〜」

へらりと笑ってなんとか誤魔化す。あまりに怪しい動きをして、安室さんに「変なやつ」認定されてしまっては、わたしの恋は終わってしまう。別の理由ならともかく、不審者扱いされて失恋ってホント笑えない冗談だ。

「そうですか?なら、いいんですけど・・・」

注文を聞くとすぐに、わたしがいつも頼むカフェオレとサンドイッチの準備に取りかかる安室さん。特にわたしのことを気に留めている様子はなかった。ボロが出なかったことに安堵のため息を吐いて、頬杖をついて働く彼を眺める。

「・・・安室さん、今日もかっこいいですね」

手際よく手を動かしながら彼の手によって作られるサンドイッチ。仕事に集中しているのか、真剣な表情を浮かべている彼を見ていると、ついそんな声が漏れた。

「ふふ、苗字さんは褒め上手ですね」
「もう、社交辞令じゃないですよ〜」

クスクス笑う安室さんにため息をつく。彼に出会って以来、わたしはこうして好意があることを匂わせているけれど、いつもひらりとかわされてしまう。多分、こうやって異性から言われることに慣れてるんだろうなぁ。そのあしらい方も上手で、相手を不快な気持ちにさせないように、でもその奥先に踏み込ませないような言い回しで返される。そのコミュ力の高さには、ただただ感心するばかり。

わたし調べマスター&梓さん情報によると、予想通りというべきか、この店には安室さん目当てで通いつめる常連客が数多くいるみたい。女子高生や女子大生、OL、主婦など、その年齢層もさまざま。「売上がアップして嬉しい限りだよ」とマスターは笑っていたけれど、安室さん狙いのわたしには笑えない話なんですが。

エプロン姿も似合うなぁ・・・と今度は声に出さずに、心のなかで独りごちる。ブルーのシャツに、黒のエプロン。腕まくりをしているため、そこから見える褐色の肌と意外と筋肉質な腕にドキリとする。気づけば顔が緩みそうになるのをこらえて、無理やり頬をキュッと引き締めた。

「はい、できましたよ。サンドイッチとカフェオレです」
「わーい!ありがとうございます」

出来上がった品をカウンター越しに渡され、それを受け取る。食べる前に両手を合わせて「いただきます」と言ったあと、まずはカフェオレを一口飲んでサンドイッチに手を伸ばす。
ふわふわとした食感のパンにシャキシャキのレタスとハムがよく合う。いつ食べても絶品のそれに、ふるふると震えて、その味を噛みしめた。

「もう、やっぱり安室さんのサンドイッチは絶品です!このサンドイッチ食べちゃったら、ほかのお店のサンドイッチなんて食べられませんね」
「そういってもらえると、僕も作った甲斐がありますよ」
「今日も安室さんのおかげで、いい1日なりそうです!」
「ふふ、それはよかったです」

にこりと笑う安室さんに、またもやドキリと胸が弾む。

「安室さんってポアロのメニュー考えることもあるんですよね?どういうときに新メニュー思いつくんですか?」

わたしがそう尋ねると、安室さんは「そうですね〜・・・」と色々と話し始めてくれた。メニューは見た目や味だけじゃなくて、カロリーや栄養成分も考えながら作っていること。食材費はできるだけ抑えるために工夫していることなどなど。いやいや、聞けば聞くほど、何から何まで完璧で「さすが」の一言しかない。わたしが自炊するときなんて、炒めるだけでオッケーの野菜炒めがほとんどなのに。しかも、焦がすときあるし。

「安室さんって、ホント博識ですね。そういうところも素敵です」
「調べだすと止まらなくて。あ、お水入れときますよ」

うう・・・結構ダイレクトに褒めたのに、サラッとスルーされた。まるで相手にしてくれない安室さんは、テーブル席のお客さんに呼ばれて向こうへ行ってしまう。その背中をぼんやりと見つめながら、手元にあるカフェオレのストローをチューっと吸いこんだ。

「ねえねえ、あむぴ今日もかっこいいよね」
「ね!そういえば前に3組の子が告ったって話聞いたよ?」
「うそーっ!確か7組のマドンナも告ったって言ってけど」
「キャー!さすがあむぴだね。モッテモテ!」
「競争率、超たかそーだもんね〜!」

背中から聴こえてきたそんな声に、たらりと冷や汗をかく。なんだそれ。その情報は確かなんですか、JKたちよ!わたしなんか、こうやってポアロに通いつめて喋ることしかできないのに、わたしよりも年下のJKたちは「告白」などと、そんな関門を突破しているのか。

安室さんは確かにモテる。それはもう、誰の目から見ても明らかな事実だ。それに対して、わたしはなんの変哲もない平凡な女でしかない。これといって特技もないし。これまでは安室さんと話ができたら、それで満足していた部分もある。でも、先ほどのJKたちの話を聞いて、安室さんの隣に立つ誰かを想像してしまった。

・・・できれば、その誰かに自分がなりたい。

そう思うことは罪だろうか・・・と深く考えたあと、わたしが出した結論は「いや、そんなはずない」だった。我ながら自分勝手な結論だとは思うけど、「可能性がゼロじゃなければ、やってみる価値はある」それがわたしの答えだ。

こうなったら、真っ向勝負でいくしかないか。
意を決して顔をあげる。

「あの、安室さん」

コップが空になったのを見つけて、カウンター越しにそれを手に取ろうとする安室さんの手を掴む。驚いたように目を見開く彼をじっと見つめて、ギュッとその手を握り締めた。

「好きです!付き合ってください!!」

なんの脈略もなく、告げたわたしの言葉に店内のあちこちから「ブフォ!」とか「ガタンッ!」という音が聞こえてきた。多分、常連客のおじ様たちだろうと思いつつも、わたしは目の前にいる安室さんから目を逸らさずに、じっと見つめたまま。
対する安室さんは一瞬驚いた表情を見せたものの、そのあとフッと体の力を抜いて、苦笑いを浮かべる。わたしが掴んでいない方の手でポリポリと頬をかき、「・・・大胆ですね」と呟いた。

「だって安室さんって競争率高いんですもん!なりふりかまってられませんよ!」
「気持ちはとても有難いですけど、いまは誰ともお付き合いするつもりはなくて・・・」

返された言葉に一瞬ピシリと固まってしまう。・・・秒で振られた。しかも、こんな公衆の面前で。後ろの方でJKたちがクスクスと笑う声が聞こえてきて、今更ながらにほんの少しだけ羞恥心がわきあがってくる。

というか、別にいい返事を期待していたわけではないけど、ううん、そうか。・・・いやいや、でも「誰ともお付き合いするつもりない」って言ったよね!それっていまは彼女がいないってことだろうから、わたしにもまだチャンスはあるってことでは?

脳内でその言葉をだいぶんポジティブに変換して、まだ握ったままの安室さんの手をギュッと握りしめた。

「いいんです。今日はわたしの気持ちを伝えたかっただけですから。誰とも付き合うつもりがないってことは、彼女がいないってことですよね」

まだ出会って日も浅い。これといって特徴のない平凡なわたしに、安室さんが落ちてくれるとは思っていなかった。ポアロでも人気の高い彼のことだ。こうした告白も日常茶飯事なんだろう。身の丈に合わない願望を抱いていることは、自分でもちゃんと理解している。それでも、わたしは―――。


「いつか振り向いてもらえるように頑張ります。だから、覚悟してくださいね」

わたしはニッと笑って、握りしめていた安室さんの手をそっと離した。安室さんの目がもう一度見開かれる。かと思うと、フッと口許に笑みを浮かべてわたしを見た。

「ずいぶん自信があるようですね」
「忍耐力だけはあるので」

にっこりと笑ってそう返すと、「それは楽しみです」と余裕の笑みを返される。そのあと、すぐに別のテーブルから呼ばれた安室さんはわたしの側から離れてしまったけど、その背中に向かって、心の中でもう一度「覚悟してくださいね」と繰り返す。

わたしと彼の攻防戦は始まったばかり。その結果がどうなるかは、神のみぞ知る―――。

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