安室透を落としたい! | ナノ


▼ 手作りお菓子作戦を試みる

カリッという香ばしい音をさせてそれを口にしたコナン君の表情は、一瞬にして歪められた。その表情に期待は瞬く間に崩れさり、またもや振り出しに戻ったことを悟る。

「名前姉ちゃんって不器用そうだと思ってたけど、まさかここまでとはね」

ため息をつきながら、そう告げるコナン君。小学生も呆れさせるほど壊滅的な料理の腕前を持っているのは誰かって?それは無論、この私である。


Challenge4 手作りお菓子作戦を試みる


とある土曜日の朝。蘭ちゃんとコナン君の家にお邪魔したわたしは、彼女たちに自宅で作ってきたお菓子の味見をしてもらっていた。

「や、やだなぁコナン君。見た目とギャップがあるなんて、そんな褒めないでよ」と笑いながら言ってみると、「褒めてないから」という乾いた笑いを浮かべながらそうツッコまれる。・・・即答だった。

「そ、そうですよね〜・・・」

自分でも味見してみたから、その破滅的なクッキーには彼と同じような乾いた笑みしか出てこない。レシピ通りに作ったはずなのに、出来上がるとなぜかおいしく仕上がらなくて、あの優しい蘭ちゃんでさえ苦笑いを浮かべている始末。これは間違いなく、おいしくないのだろう。

「名前さん、ちゃんとレシピ見て手順通りやったんですよね?」
「うん。もう暗記しちゃうくらい何回も練習したんだけどね〜・・・」

「う〜ん・・・」と3人で唸り声をあげながら、山積みになった失敗作のクッキーを見つめる。2人は真剣にあれこれ問題点を考えてくれているんだけど、なんかそんなに深刻そうに考えこまれたら逆に申し訳なくなってきた・・・。すみません、ホント。

「ねえ、名前姉ちゃん。そもそも何でクッキーなんか作ろうと思ったの?」

自分で作ったクッキーを口にして「うげぇ」と女子らしからぬ声をあげていたわたしに、コナン君がそう尋ねる。クッキーを作る理由・・・?そんなの理由は一つしかないでしょう!

「安室さんにプレゼントするため、ですよね?」

私の答えをにこにこ顔の蘭ちゃんが代弁してくれた。

「安室さん・・・?」
「そう!!名づけて『手作りお菓子大作戦』!!!」

私がビシッと人差し指をコナン君に向けると、ハハハと乾いた声で笑われた。ちょっと、ちょっと、聞いておいてその反応はなんだ!

「この前偶然家の近くで安室さんに会ってさ。そのとき、重い荷物をマンションの前まで運んでもらったから、そのお礼をしようと思って。あとに残るものよりも食べ物の方がいいでしょ?それに、男の人を落とすには相手の胃袋を掴めっていうじゃない」
「それで、クッキーね・・・」

超ドヤ顔でそう言うと、またもやハハハと笑われた。そんな渇いた笑みを浮かべたコナン君は「でもさぁ、」と反論してくる。

「胃袋を掴むって・・・それって作ったものがおいしかったときの場合だよね?正直、このままこのクッキー渡すなら逆効果だと思うよ?」

冷たいコナン君のお言葉。蘭ちゃんをちらりと見てみると、彼女も苦笑いを浮かべている。

「ですよねーー!!薄々気づいてたんだけど、やっぱり無理があったか!!」

わたしも作りながら「あれ?」って気付いたから分かってる・・・分かってるよ!自分の料理スキルの低さくらい重々承知しているんだけど、ちょっとこう理想の女の子気分を味いたかったといいますか。ほら、少女漫画とかでもあるじゃん。手作りお菓子を差し入れする美人マネージャーの話とか。あれ、やりたかっただけなんだけどなぁ・・・。

「ううっ、また安室さんに振り向いてもらう計画から遠ざかった・・・!」

もはやこの惨状に、机に突っ伏すしかなかった。私の女子力どこに行ったんだ。お願いだから、帰ってきて!!

「でも安室の兄ちゃんって料理が上手だから、女の人にそこは求めてないってこともあるかもよ〜?それだったら、名前姉ちゃんが料理出来なくても問題なくない?」

シクシク泣く私をなだめるため、コナン君は社交辞令全開の言葉で私を慰めてくれる。コナン君って普段わたしに冷たいけど、やっぱり根はやさしいよね。お姉さんはうれしいよ。

「そうだね、コナン君の言う通りだよ・・・。やっぱ人間、慣れないことをやるもんじゃないね」
「名前さんには、名前さんにしかない良い所がありますから。大丈夫ですよ」

心優しき小学生と高校生に慰められる大人・・・。2人ともイイ子でよかった。でなきゃ、わたし立ち直れなかったかも。残念だけど「料理のできない女」というレッテルを貼られる前に、手作りお菓子大作戦は廃案することにしよう。

「いい作戦だったと思ったのになぁ〜・・・仕方ない、こうなったら奥の手を使うか」
「奥の手・・・?」

不思議そうにこちらを見る蘭ちゃんに、わたしはフフフと怪しい笑みをみせたのだった。


*****


「安室さん、こんにちは〜」
「いらっしゃいませ、苗字さん、蘭さん、コナン君」


あのあと、奥の手を披露するために蘭ちゃんとコナン君と一緒にポアロにやってきた。もちろん、この時間に安室さんがいるのは調査済み。さやわかな笑顔で出迎えてくれる彼にキュンキュンと胸を踊らせつつ、わたしたちは案内されたテーブル席についた。

「珍しいですね。今日は3人で来るなんて」
「名前さんが家に遊びにきてて。お腹も空いたから、ポアロでお昼ご飯にしようと思ってきたんです」

蘭ちゃんの言葉に「そうなんですね」と返しながら、お水とおしぼりを置いてくれる安室さん。そんな彼をじっと見つめていると、視線に気づいたのか、ニコッと笑ってこちらにメニューを差し出してくれた。

「どうぞ」
「ありがとうございます!」

そのあと、わたしたちの注文を聞き終えた安室さんはカウンターの奥へ戻ろうとしていた。その背中を見ながら、ここへ来た目的を思い出したわたしは、「そうだ、安室さん」と彼を呼び止めた。

「なんでしょうか?」
「これ、どうぞ。この間のお礼です」

わたしはそう言って、高級感漂う黒のショップバッグを差し出した。

「お礼・・・ああ、こないだの」
「重たい荷物を持っていただいて、とっても助かったので」
「あ。このショップバッグ、この前雑誌に載ってたお店ですよね。おしゃれなケーキが多くて、女の人に人気だって園子が言ってました」

蘭ちゃんも言う通り、これはその人気店で一番人気のケーキ。

「安室さん、スイーツメニューの開発のために人気店のケーキを買って帰るって言ってましたよね?次はここのケーキ食べてみたいって言ってたので、よかったらと思って」

そう。わたしの奥の手作戦とは、買ったケーキをお礼としてプレゼントすることだった(自分の料理スキルから考えて、もはやこの作戦の方がメインだったといっても過言じゃないけど)。自宅までのわずかな時間、出来るだけ「聞き上手になる本」が大量に入った袋から視点を遠ざけようとするために、いろいろと安室さんに話題を振っていたことが功を奏した形だ。

「お礼なんていいと言ったのに・・・いいんですか?」
「はい。わたしから安室さんへの感謝の気持ちです」

わたしがそう言うと、安室さんはニコッと笑ってショップバッグを受け取ってくれた。

「なら、これはありがたく頂きますね。このお店、女性のお客さんが多くて、ちょっと入りづらいなと思ってたんですよ」

そう言ってはにかむ安室さん・・・ああ眼福です。休日にまで他店調査だなんて、ホント研究熱心な人だなぁ。安室さんのためなら、このわたし。ケーキの一つや二つ、いくらでも買いに行っちゃいますよ!

「じゃあ、注文の品作ってきますね」とカウンターの奥へと戻っていった安室さんに、「お願いしまーす」と返事を返す。視線を感じて前を向けば、蘭ちゃんがにこにこ顔でこちらを見ていた。

「名前さん、よかったですね。安室さん喜んでくれて」
「うん。やっぱりあのクッキーじゃなくて、買ったケーキにしたのは正解だったよ」

我ながらベストな判断だ。世の中の「料理上手な女はモテる」なんて言葉に騙されずに、別の方法をとったのは賢明だった。別に安室さんが「料理上手な女の人が好き」という話をしていたわけでもないし、ひとまず料理スキルに関しては保留ということで。折をみて、料理教室にでも通うことにしよう。

「それにしても、名前さんってホントに安室さんのこと大好きなんですね。なんか、安室さんのこと見てる名前さん、すっごく可愛いですよ?」

出された水を飲みながら、嬉しそうにそう言ってくる蘭ちゃん。いや、年下の子に、しかも顔面偏差値高くて、スタイルもいい蘭ちゃんにそう言われるのは、なんだか気恥ずかしいけど。

「え〜、そうかなぁ」

えへへ、と照れ隠しにへらりと笑ってみせると、横にいるコナン君は「・・・名前姉ちゃんって、怪しい壷とか買っちゃうタイプだよね」なんて意味不明なことを言ってくる。「もう、コナン君。何言ってるの!」と蘭ちゃんにたしなめられていたけれど、機嫌のいいわたしは「まあまあ」と蘭ちゃんを宥めてあげた。

「私、名前さんのこと応援してますからね」
「ふふ、ありがとう。蘭ちゃん」

なぜだか分からないけど、蘭ちゃんはわたしと安室さんのことに対して、すごく協力的だ。もしかしたら、蘭ちゃんも片想い中の彼にわたしと同じような気持ちを抱いるから、つい自分と重ね合わせて考えてしまうんだろうか。コナン君に加え、蘭ちゃん、園子ちゃんと心強い協力者がいることは、わたしにとってメリットになっても、デメリットになることはないだろう。こうして、外堀から埋めていくのも案外いい作戦なのかもしれない。

なんて呑気なことを考えながら、安室さん特製のハムサンドを待つ土曜日の午後。そんなおだやかな時間に、わたしはそっと笑みを溢した。

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