二章10
文人視点
文人は珍しく虚を突かれたのだ。そして唐突に理解した。
「紅茶を。……庶務様の淹れるものが美味しいので」
何が飲みたいのか。その問いに彼が返した答えがこれ。とろけるような甘い笑みとともに。
その様子はとても身に憶えのあるものだった。既視感。
「……君はすこし、僕の知っているひとと似ているみたい。」
そう、躊躇うように口にして。その正体がはっきりとする。
……そうだ、とてもよく似ている。あの人が僕へ笑いかけるあの瞳に酷似している。
そうしてむずむずと胸の奥から湧き上がってきたものに思わず笑みがこぼれそうになる。ああ、分かってしまった。たぶん、いやきっとこれが正解だ。
自分の主であるあのひとが珍しく他人に興味を持って、自分とよく似ていると言った来客の話。
客人はきっとこの少年だ。霜野悠璃、その人。
「じゃあ、なんて呼ぼうかな。文人さん?」
「ちょっと硬いかな」
「んー、じゃあアヤさん……かな。」
「うん。それがいいね」
わざと『アヤ』という響きになるよう誘導する。それは自分があのひとにだけ許している呼び名なのだけれど。けれど、彼には呼ばれてもいいだろう、と思ってしまう。そして、この事実を知ったとき彼がどんな表情をするだろうか?それを想像すれば可笑しくなる。
確かによく似ているのだ。
霜野くんの容姿は特別いいというほどではないけれど、仕草やふとしたときの表情がすごく綺麗だ。それに自分の『お気に入り』を見て嬉しそうに、あまくなる表情も。とてもあのひとに似ている。
存外、お似合いの二人になるのだろう。
早く主の両親に『主に春が来たかもしれない』と報告しなくては、と胸が弾む反面、あのひとはきっと僕に彼を紹介するのを渋るだろう。大切なものは密かに愛でる、そういうところまでそっくりなのだから笑ってしまう。ああ、でもそれも面白い。
主のいないところでせいぜい親睦を深めておこう。彼とのことを知らせるのはまだ少し先へ見送ることを決める。ちょっとした意趣返しだ。
これからのことを想像して文人はころころと笑った。
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あとがき
さすが文人さん。ということで呼び名はさりげなく誘導されていました。
悠璃と文人さんでは文人さんの方がお兄さん、という感じでコレクションにはならない感じ……というか文人さんには心に決めた主がいるので。
実は同級生な二人です。