月花に謳う

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「僕たちはあの子が大切なの。あの子が守れるというのなら、喜んで協力する。例え、それが彼の望みではないとしても」


 香は彼、と告げる。松坂が誰だろうかと首を傾げたのを見とめて香はわずかに微笑んだ。先までの冷笑とは違い、ほんのりと綻ぶように温かなものだった。それはここにはいない、彼の人物に向けるかのように。決して松坂に向かって微笑んだのではない、それだけは分かった。


「霜野悠璃。僕たちの大切なひとだよ。彼のことを任せるから、頼んだよ。出来る限りのことはこちらでも手を打つから」

「は、はいっ。尽力します!」


 目の前の人物から突然出たクラスメイトの名前に動揺して、思わずどもったが香はそれを咎めたりはしなかった。寧ろ、快い返事に上機嫌だというような笑みを浮かべて見せた。


「いい返事だね。それじゃあ、円堂。何かあれば連絡するよ」

「ああ、朝早くにすまなかったな」

「別にいいよ。これであの子のために大手を振るって動けるんだから」


 最後に楽しそうに笑みをこぼすと香は風紀室を後にした。
 張りつめていた空気が緩み、風紀の長は長く息を漏らす。胸の内に溜まる感情を吐き出すかのように。


「こういうことだ、松坂。親衛隊の一部と霜野に交友があるらしくてな、協力をとりつけられたんだ」

「何だか、信じられないんですけど…。霜野が親衛隊と、とか」


 松阪はクラスの中で椅子に背筋を伸ばして座る悠璃の姿を思い浮かべる。特段、これと言って目立つ人物ではない。外部生だが他のクラスメイトと同じように中等部からクラスの中にいたかのように溶け込んでいて、特別に慕われていたり嫌われたりしてもいない。物静かなところがある、大人しい性格。そう思っていたのだけれど。


「なんか俺、霜野のこと全然知らないかも」

「…そうか。正直、俺もよく分からん。ここのカースト制度のこともあるし、親衛隊なんかに進んで近付くやつはそういない。外部生だからなのか、何で親衛隊に近付こうと思ったのか知らないが、あの藤宮の言い分だと随分と大切にされているようだ」

「そうですね…。これを機会に霜野とももうちょっと話してみます。それに親衛隊からの被害もあるんですよね?そこらへんも聴取しときたいし」

「そうだな、頼むぞ」

「分かりました。」


 脅迫文が届いている以上、事態は深刻なものだ。松坂も表情を引き締めて風紀室を後にした。




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mokuji


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