四章あたり
うすうす勘付いている方もいるでしょうが、園芸部の例の幽霊部員についてです。
ネタバレになります。
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雨音が鼓膜を揺らす。外は曇天。
部室棟の廊下を歩きながら、園芸部の部長の新見茜はのほほんとした微笑を浮かべて景色を眺めている。穏やかな笑みをたたえつつも中身はいささかズレている、それが彼である。
早く晴れるといいなあ、と思う。大切な後輩が花を見てすこしでも元気が出るといいなあ、とも。
部室のドアの前に立ち、ふと違和感を感じた。ドア一枚隔てた向こう、人の気配がした。たぶん、可愛がっている後輩ではない。
では、誰か。思い当たるのは一人しかいない。
ドアノブを捻り、ふっと笑みを深めた。
「新見さん、どうも。お邪魔してますよ」
「おや、君が姿を見せるなんて珍しい。どういった気まぐれだい?」
ゆるりと微笑むは白銀の長髪をもつ佳人。人形めいていると言っても過言でないほど絶世の美貌の美男子だ。黄金の瞳には力強いものがあり、どこか威圧感がある。されど月のように静かで清廉な雰囲気をまとう。
実を言えば、彼も園芸部の一員だ。ただ目立ちたがらないから活動には顔を見せないだけで。幽霊部員もいいところだが、彼の容姿と影響力を考えれば当然と言えた。教師も黙認し、書類上ではしっかり部員となっている。
佳人――月花は楽しそうに笑う。
「あなたの可愛がっている後輩に会ったんですよ」
「……ほう。それで?」
茜は驚嘆の声を押し殺し。挑戦的に見つめ返した。
「彼のことを気に入りました、僕も…ね」
「じゃあ、君も悠璃くんの虜なわけだ?彼のライバルは意外と多いよ?」
「そのようですね」
佳人の目が細まる。機嫌のいい猫のように。
茜もただ微笑む。
腹の探り合いのように微笑む二人。けれど均衡をくずしたのは茜の方だった。
「悠璃くんとね、梅雨が明けたらプリザーブドフラワーをつくろうか、って話をしていたんだけど」
「それはいいお話ですね。ぜひ僕も混ぜて頂きたいところですが」
「現状がねえ…」
「ええ」
現状が悪い。目下の後輩は最近、体調も優れないようで、そう呑気なことを言ってられない。
「悠璃くん、眠れていないみたいだ。この前も早朝にここで寝ていた。最近は姿を見ないけどちゃんと寝れているのかな」
独白のようにこぼれた茜の言葉。
「……寝れてはいないでしょうね。最近、ひどく顔色が悪い。」
「最近?」
簡潔に月花が温室で悠璃と逢瀬を重ねていることを告げる。茜は納得したように頷いた。
「キミの容姿だ。彼も好んで訪れているだろうから―」
「大丈夫。来るな、なんて。絶対言いませんよ。それが酷だというのは同じ趣味をもつ者としてよく理解しているつもりです」
「ならいいよ。泣かせたら承知しないからね」
「そのときはどうぞご存分に」
絶対あるはずがないのだ、と月花は強気に笑んでみせた。
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月花さんと茜さんは笑顔で内心を悟らせないタイプの二人なので、お互いが微笑んで対話してると周りから何かを企んでるんじゃないか、って思われそうな二人です。