月花に謳う
16
瑞樹はゲストハウスの根城でただ静かに待ち人を待っていた。部屋の電気はいつもと違って点けてある。
しばらくすれば彼だけの独特のリズムのノックが五回。瑞樹は口端を吊り上げると来訪者を迎え入れる。
「こんばんは、皇帝」
「やあ」
皇帝――そう呼ばれた月花はにこやかに笑い、被っていたパーカーのフードを脱ぐ。
「貴方も大変だ。その容姿は目立つでしょ」
「そうだね。それで、情報屋。君と世間話をするつもりはないんだ、さっそく本題に入ろう」
「用件は分かってるよ。その前に改めて自己紹介しておく」
瑞樹も月花と同様に被っていたフードを外して、明るい室内で素顔を晒す。月花の色素の薄い瞳が見開かれた。それは素顔を見せたことに対してだろうか、それとも存外童顔な顔立ちのせいだろうか。瑞樹は慣れた反応に小さく笑う。
「三年五組、特急Sランク、館花瑞樹。こんな感じで情報には精通してるから、この位になっている。初めまして」
「そう、三年生だったんだ?よろしくお願いします」
おどけたように月花は笑って、差し出された瑞樹の手をとる。
「貴方だって調べようと思えば俺の素性なんか簡単に暴けたでしょ」
「それはマナー違反ですからね」
三年生だという瑞樹に月花の口調も自然と敬語になる。瑞樹が促すのに倣って、用意されていた椅子に腰かける。
「それで、悠璃のことだよね」
幼く見える容貌を鋭くした瑞樹の切り出しに、月花も真剣な顔つきになる。
「そうです。最初に彼のことを見守って欲しいと依頼してきたのは館花さんだ。どうして彼のことを?」
手にしていたファイルを持ち上げて見せる。なかに入っているのは瑞樹から渡された悠璃の生徒データだった。データはもらったが、温室で会ったのはただの偶然だった。
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