月花に謳う



12




 悠璃が帰った後、茜は一人学校へと引き返していた。例の手紙について急を要すると判断したのだ。
 風紀室の扉を開け、部屋の奥の方のデスクにいた風紀委員長がまだ残っていてくれたことに安堵する。風紀委員たちが突然の来訪者に対応できずにいたが、委員長に用があると分かると各自自分の仕事へと戻っていく。


「新見?どうした、突然」


 委員長である円堂秀嗣(えんどうひでつぐ)は珍客にただでさえ仏頂面であるのに更に眉を顰めて見せた。


「円堂に頼みたいことがあってね。一人、姫リストに追加してほしい人物がいるんだ。」


 姫。その名で定着しているのが、華人以外の保護対象の別称だ。いつの間にか使われるようになり、定着してしまっていて今更変えることもできない、男子校には不相応な名称だ。


「誰だ?それから理由は?こちらも無駄な人員を割くわけにはいかない。転校生のせいで親衛隊が殺気立ってる分、見回りも増員しているところなんだ」
「それは重畳。でもそれが効果を発揮しているかは別だね。これを見てくれる?」


 見回りを増やしたところで被害が出ていれば意味はないのだと揶揄すれば、円堂は渋い顔で差し出された手紙を受け取った。
 開封し、出てきたのは怪文。新聞紙か広告の文字をそれぞれ切り取られ、『お前は見られている。これ以上、生徒会に近付くな。さもなければ制裁を下す。』と記されていた。加えて、一枚の写真。校舎のどこかを背景に黒髪の生徒が歩いている様子が写されている。恐らく盗撮なのだろう、少年――悠璃の視点はこちらを向いていない。写真を添えることでいつでもお前に制裁を加えることができるのだと主張している。
 あからさまな脅迫文に円堂は絶句する。


「これは……」

「そう、僕の言いたいこと分かる?彼、これが初めてじゃないはずなんだよ、親衛隊にちょっかい出されるの。暴行されたりとか、直接的な被害はないみたいだけど、彼はすこし前に教科書とかを部室に移動させてたんだよね。何でだと思う?」

「教科書や彼の私物は既に被害に遭っているのか…」

「たぶんね。本人は言ってくれないけど、そうだと思うよ。円堂は彼のこと知らないの?僕は保護対象にされてても可笑しくないと思ったんだけど?」

「報告は上がっている。一年三組で転校生の同室者だろう?名前は霜野悠璃。転校生に同じクラスの五十里と連行されるところが目撃されている。だが、親衛隊からの直接的な被害はないと聞いていたんだが…俺たちの監視ミスだな。すまない」

「そう、直接的な被害はね。でも彼の様子、見てたんでしょう?悠璃くんが精神的に参ってるの分からなかったの?最近、少しマシになったけど目の隈もできたし、顔色も悪い。」


 それに部屋にも帰っていないみたいだし、という言葉は飲み込んだ。風紀の前で規律を犯しているなどあまり口にしない方がいいだろう。もちろん、調べていくうちに彼が部屋へ帰っていないことは明白になるだろうが。



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