月花に謳う



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 正午を告げるチャイムが鳴ると同時に、俺と冬吾は必要なものだけを詰め込んでおいたトートバッグをひっつかむと、転校生に声をかけられる前に教室から逃げるように出た。
 なるべく生徒会室に行く道や食堂へと行くのに近道になるルートは避けて早足で歩く。俺も冬吾も息をひそめるようにして口は固く閉ざしたまま。

 向かうのは校舎から渡り廊下でつながった図書館だ。この学校の施設の規模はそれぞれが大きく、図書室ではなく図書館が二階建ての建造物として存在する。円柱状の建物の中は中央が吹き抜けになっており、そこを囲うようにして自習室や視聴覚コーナー、パソコンルーム、ディベート用の防音の小部屋など多岐の目的を想定して造られた部屋が位置している。余談だが、本棚だけではなく壁面にも本は収納されているがこちらは専門書や洋書などがメインなので、あまり取り出されることがない。

 いくつかあるその部屋のうちの一つ。入口付近に設置された関係者以外立ち入り禁止の文字が書かれた部屋――司書や図書委員用の控室。本の所在や利用者など情報管理が必要な名簿が詰め込まれている部屋なので窓などはなく、無論防音加工の部屋である。その部屋に俺たちはいた。


「悠璃くん、大丈夫?スポーツドリンクでも買ってこようか?」
「いえ…歩先輩、ありがとうございます」


 すぐそばで冬吾の恋人である中里歩(なかざとあゆむ)先輩の声がする。気遣いはとても嬉しいけれど気持ち悪さが残っていて、今はとてもじゃないけど何かを口にする気にはなれない。


「ほら、悠璃。こっち向け。襟元開けるぞ」
「……冬吾も、ありがと」
「いいから大人しくしてろって」
「ん」


 ぐったりとソファに身を沈めたまま、ずっと閉じていた目を開いてみれば照明が思ったよりも目に沁みて、再び目蓋を下した。
 冬吾にカッターシャツの襟元のボタンを外してもらい、いくらか息苦しさが楽になる。そのまま丸めたタオルを下腿の下に入れられ、下半身は控室にあったタオルケットをかけてくれる。
 こちらに向かう途中で貧血を起こしたのだ。運動音痴ではないといえ、普段から運動をしているわけじゃないから運動部の冬吾にあわせて走るのはきつかった。途中で息がきれて、動悸がしてきたと思ったら眩暈を起こした。冬吾が気付いて支えてくれたから床に倒れこむことはなんとか避けられたけど。
 指先も血の気が引いて冷たくなってしまっている。そんな状況だから冷房はつけずにやんわりとそよ風程度に扇風機が回っていた。



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