月花に謳う



5




 悠璃が次に目を覚ましたのはちょうど辺りが橙と赤に染まる頃合いだった。
 そんなに寝ていたのか、とぼんやりする思考で考えてハッとする。
 そうだ、月花さんは…?


「月花さん?」


 ぐるりと周囲を見回すもあのうつくしい白銀色は見当たらない。彼の髪が夕日に照らされる様は陽を透かして金色に見せるから、月花に告げたことはないが悠璃のなかでかなり気に入っている光景だった。この時間帯だけの特別。
 月花さんがいないことが残念だ、という思いもあれど、好都合という思いもある。なんせ寝る間際にこっそり黒瞳に見せるためのカラーコンタクトを外しておいたのだ。また付け直す必要がある。
 もしもの時ように持ち合わせている洗浄剤とコンタクトケースのセットは極小さなもので、財布と一緒に入る程度のハンドバックに収められている。ハンドバックはベッドサイドのテーブルへ置かれていた。その中身を漁り、悠璃は顔をこわばらせた。

 コンパクトミラーが、ない。

 コンタクトを外すの自体は頑張れば鏡なしでもいい。けれどつけるのに関しては鏡がいる。なかには鏡なしでつけられる人もいるかもしれないが、悠璃はどうしても怖くてできなかった。

 つまり、今自分は本来の産まれて持ち併せた瑠璃色の瞳が晒されている。濃い青のような、紺のような透き通った硝子玉みたいな虹彩。例えるなら海のような青で、それでいて空のように澄んだいろ。顔立ちは日本人のそれだが、瞳だけは北欧人によく見るような色素の薄いものだった。祖父母あたりに北欧の血が混じっているらしいと聞いたから隔世遺伝だろう。
 美しい蒼は悪目立ちする。だから黒のカラーコンタクトをして、コンタクトをしているのがバレないように度の入っていない伊達眼鏡をかけている。この学校で悪目立ちするのはあまり良い印象ではない。


「どうしよう……」


 一か八か、鏡なしで入れてみるか。
 どうしようもない自分の失態に淡く脣を噛む。ベッドの上、白いシーツの波にくるまれて思考に沈む。

 白に包まれる彼を夕陽が淡く照らし出す。寝台の向こう、やわい金と橙に染められる悠璃の細い後姿が温室の緑のなかに溶け込みそうになる。その後姿を月花はそっと見つめていた。儚いその光景に目を凝らすように金色の瞳を眇めて。


「悠璃」


 悠璃のくちからこぼれたのは、あ、という呆けた音。ちいさく肩が揺れる。



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