月花に謳う
3
夢を見ず、いつもよりずっと心地よい揺蕩うような覚醒。ぬるま湯に浸かるように意識はぼんやりと判然としない。
ふわり。漂う馥郁とした香り。
これは、紅茶…?
ほっとするどこか懐かしいような、そんな。まどろみに合った曖昧な香り。
とろり、とまた意識が落ち始める。それを引き留めたのは小さな靴音。カツリ、と硬質な音だった。
……だれ?
「悠璃?起きた?」
さらり、長い前髪をはらうように額を撫ぜる手。慰撫するような感覚に再びまどろみに引き込まれそうになる。
でも、ちょっと待て。撫でられた?誰に?
「おはよう、悠璃」
「げっ…か、さん?」
「そうだよ。」
寝ぼけてるのかな?と月花は微笑みながら変わらずに頬を撫ぜる。
その感覚にやっとこれが現実だと認識し始めた脳はパンク寸前である。
「え?あれ?」
「悠璃がテーブルに突っ伏して寝てたから悪いけど、ベッドの方へ移動させてもらったよ。ごめんね、驚いた?」
眉を垂れさせて告げる月花さんに否、と言えるはずもなく。ぶんぶんと首を振った。
「じゃあ、時間もちょうどだし、お茶にしよう。お昼も過ぎたし、英国式のアフタヌーンティーを用意させてもらったけど」
その言葉に悠璃の黒瞳がきらきらと輝く。食事、ではなく、やはりそれはアフタヌーンティーという事象に対する美しさに向けられている。それを見て月花が笑みを深める。
* * *
ガーデンチェアに腰掛け、綺麗に飾られたテーブルの上に更に嬉しそうに笑う悠璃。写真にでも収めたいほどだ。
「月花さんが一人で準備されたんですか?」
「いや、妖精がやってくれたよ。」
「妖精?」
「僕のことをちょっとお手伝いしてくれるひとがいてね」
そうなのか、と一つ頷く。これ以上は訊いてはいけない。詮索はなし、最初に決められたルールだ。この関係を保つには必然だ。
ただ、月花さんのそばにいて許される、彼の世話をする人物というのは気になる。ちょっと羨ましいと思ったのは秘密である。
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