月花に謳う
1
梅雨だということを忘れるような、そんな日照るように晴れた雨と雨の合間。ひさしぶりに浴びた陽光を受け、草花はのびのびとしているように見えた。
部室から見える樹木の葉に乗るしずくのカケラが陽に反射してキラキラと輝いている。その美しさにほう、と息を吐いた。
「ふっ、相変わらずだね悠璃くん」
綺麗だと思うものには目がない。そう言って微笑する茜さんは、すっとハーブティーの入ったカップを俺に差出してくれた。
土曜の昼下がり。部室棟の園芸部の部室でのんびりとティータイムが開催されていた。
「だって、美しいものは愛でるものですよ?」
「そりゃあ、その気持ちは解るよ。僕だって花を愛でるために園芸部に入部してるんだから。僕の場合は花だけだけど、悠璃くんはあっちこっちにふらふらしてそうだからね。」
「……花に集るミツバチかなにかですか、俺は」
遠まわしに迷子の子を心配するような言われ方をされ、ぶすりと顔を顰める。茜さんは可笑しそうに笑って、俺の眉間を小突いた。
「そんな悠璃くんにプレゼントがあるよ。はい」
「え」
ひょい、と掴みどころのない会話の展開についていけず、反射的に両掌を差し出せば、とん、と小瓶がのっかった。
瓶の中はあざやかな薄紅色をしていて、ところどころ花弁のようなものが窺えた。これってまさか…。ついっと茜さんを見上げる。
「薔薇ジャムだよ」
「え」
再度、驚きの声を上げると茜さんはにっこり笑みを深める。まるで悪戯が成功したかのように。いや、実際俺が驚いているんだからそれで正しいのかもしれない。
ふと茜さんが怒っているとこ見たことないな、なんて思ったりもして。茜さんはいつも穏やかに微笑んでいる。まあ、なにか企んでそうだな、ぐらいには強かなひとなんだろうけど。
「薔薇ジャムは知ってるよね?」
「ええ、もちろん。食べたことは…なかったですけど。」
「じゃあ有難くもらっておくことだね。ちょうど貰いものなんだ、それ。ロシアンティーにするにも僕は紅茶を飲まないからね。悠璃くんがもらってくれれば一石二鳥だよ?」
さすが部長。俺のことをよく分かっていた。こう言われてしまえば俺は断ることができない。
それに紅茶の渋みが苦手だと言って茜さんは紅茶をあまり飲まない。やさしげな容貌も相まって紅茶、似合うと思うんだけどな。残念である。そんな茜さんはコーヒー派だ。ときどきハーブティーを飲んでいる姿をみかけるけども。
乾いた笑みをこぼして。
「有難く受け取っておきます、茜さん」
「いや。そうだね、今日はいい天気だから、花でも見ながらロシアンティーを飲むといいよ」
ふわりとした笑みは今日一番の優しさを内包していた。
しばしの雑談を交わし、園芸部のティータイムはお開きとなった。
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