月花に謳う
12
瑞樹から放課後別館の方に来るようにとメールが来た。
庶務とはあれからちょくちょく話せない場ではアイコンタクトをしたり、この間のように隔離している空間なら他愛ない話をしたり、と順調に交流を深めている。うん、香ちゃんとかコレクションの子が知ったら色んな意味で騒がれそうだなあ。
腕のあざはもう消えている。この前のは治る寸前にまた同じ場所を掴まれたから完全に消えるのに時間を要したのだ。それからはもう学習しておとなしく転入生に着いて行くようにしている。
梅雨真っ只中、傘をさして小道を行く。今日は小降りだからいい。のんびりと雨に濡れた植物や小道などの景色を眺めながら歩を進める。
いつものようにドアをノックして入室すれば、瑞樹が笑顔でバスタオルを広げていた。
「そんなことだろうと思った。ほら、小降りだったといえどうせ濡れたんだろ。こっち来ておとなしく拭かれて」
イイ笑顔で言う瑞樹に逆らうという選択肢は途絶えた。なんでもお見通しですか。さすが。
「瑞樹、今日はどうしたの。急に呼び出したりなんかして」
「ああ……」
俯くようにしてやわやわと頭を拭かれていたのだけど、屈みこんでじっと俺の顔を見つめられる。
「すこし訊きたくて。ちゃんと、眠れているのか」
「………」
そんなことまで見透かされているとは。瑞樹こわい。
「どうなの?まあ答えてくれなくてもこの隈でバッチリ分かるんだけどね。」
ぐいっと頬を手で挟まれて目元をそっと親指でなぞられる。
反論の余地なし、か。
「うなされてるんでしょ?」
じっと見つめ合う。
「誰かを頼りなって言ったよね。俺だって頼って欲しいよ。俺じゃダメ?」
ふるふると首を振る。ダメとかそんなんじゃない。そういう権利が俺にはないから。
「…なんとなく何考えてるかは分かるけど。何言っても無駄なんだってのも把握してるし。でも溜めこまないで。苦しいなら泣いて、それから縋ってよ。なかったことにしたり誤魔化したりしたらダメだからね」
「ごめん」
「謝って欲しいわけじゃないんだ。誰も悪くないんだし」
「……うん、」
トントン。
優しい調子で背を叩かれて、気が緩んだのか。ほたり、と目尻から大粒の涙が落下した。
「よしよし」
子ども扱いだ。もう子供じゃないよ。
そう言いたいけど、背を撫でる手つきがいやに優しくて。嗚咽にのどが詰まって、反抗の言葉は出てこなかった。
知ってるよ、瑞樹はずっと昔から優しいから。いつも僕を甘やかす。
そっと瑞樹の肩口に顔をうずめて涙を流した。
溜めていたものを吐き出すようにずっと泣いていたからか、泣いた後はずっとすっきりした気分だった。
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