月花に謳う



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 月花さんとの膝枕事件から数日後、俺は何度目かに分からない不運を呪っていた。現在進行形で転校生に右の手首をつかまれ、連行中だ。
 親衛隊との追いかけっこはあちら側が早々に諦めたようで、全力疾走を強いられることはない。ただ地味ないじめみたいなもの……ささやかなもので、ちょっとレベルを疑いたくなる。本当にあんたら高校生か。廊下を歩いていたら背中を小突かれたり、足を引っかけられそうになったり、教科書やノートが机から消えていたり。勉強道具は特待生の俺にとって大事なものなので、こればかりは常に持ち歩くかロッカーに入れるという対策を取らせてもらった。
 幸い、今のところ大きな被害はない。一番の被害は転校生の存在と現在進行形でできている手首のあざくらいだ。なんという馬鹿力。そろそろ麻痺してきたのか、痛みないけど。あとで紫色の手形、というなんちゃってホラーができあがっていると思う。

 あざがあるうちは温室に訪れることはできないな、と憂鬱になる。

 自分が愛でるものには真摯でありたい。月花さんの前ではせめて身なりを整えて、微笑んで穏やかにいたい。虚勢だって、強がりだって言われてもいい。……強く、在りたいから。それが一つのうつくしい在り方だと思うから。ただの、わがまま。

 それに。

 いま、月花さんに優しくされたらみっともなく縋ってしまいそうで。苦しい、って。言ってしまいそうだ。

 あざを隠すために半袖ばかりの制服の季節に長袖やカーディガンなんか着ていったら、すぐになにかあったとバレるに違いない。月花さんに隠し事ができない。月花さんの慧眼とそれからあのひとの存在自体が、簡単に嘘を吐くことを俺にゆるさない。

 だから、あざが消えるまで月花さんと会うのはおあずけ。



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