月花に謳う
8
いつになく近い距離。ベンチに並んで腰掛け、一緒に膝の上に広げて図鑑をめくる。
月花さんが用意していたのは本格的な鉱石や宝石、元素の図鑑だった。分厚く重たいそれらの写真はとても綺麗で、食い入るように見ていった。
三冊もあるのだ、早く全部見たい!
じっくりと目に焼きつけながらもページを繰ってゆく。月花さんはそんな俺を微笑ましそうに(同じ趣味を共感できることもあるのだろう)見ている。
それを分かっていたから。本を開いてそれほど時間が経たず、月花さんが訝しむように声をあげたのに驚いた。
「……悠璃?」
「え?あ、はい。何でしょう」
ふわり。
不意に月花さんの指先が目元に触れた。そのまま顔も寄せられる。
突然のことに心拍数が上がる。
月花さんは確かめるように見つめ、ひとつ頷く。そうして紡ぎだされた言葉に別の意味で心臓が跳ねることになった。
「悠璃、もしかして化粧してるの?」
「え、あ……どうして、ですか…?」
「この距離じゃないと分からないな。僕もいま気付いたよ。目が充血してる。……もしかして隈を隠すため?」
疑問形ではあるが確信を得ている様子だ。早々に言い訳は観念した。
「はい」
「しかもこれ、目元だけじゃないよね。顔色そんなに悪くするほどなの?課題で忙しい?」
「いえ、なんというか、その…」
口ごもる俺に月花さんは、言ってごらん、と微笑み促してくる。抵抗するという選択肢は呆気なく捨てられた。
「……眠れ、なくて。」
「うん」
「嫌な夢を見るんです。だから眠るのがすこし、怖くて」
自嘲とも苦笑ともとれる笑い方をして。
こんなことを言ってもこのひとを困らせるだけなのに。つい俯いてしまう。
「じゃあ、悠璃。おいで」
「え?」
「ほら」
とんとん、と自分の膝を叩く月花さんは心底楽しそうだ。俺は混乱。
「寝ちゃおう?ほら、膝貸したげる」
「え?え?」
ほらほら、とあっという間に図鑑を取り上げられ、肩を押されて月花さんの太腿の上に頭を乗せる形になっていた。
え?なにこれ、膝枕?え?
恐れ多すぎて、すぐに起き上がろうとするも肩を押しとどめられて叶わず。
「夢を見ずゆっくりおやすみ」
おだやかな声音。目を覆う掌がそっと目蓋を撫ぜる。それが随分と心地よくて。気付けば意識は闇へと落ちていた。
束の間の昼寝は悪夢を見ず、やわらかな眠りを得ることができた。
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