月花に謳う



7




 転校生は接触してくるし、瑞樹にいくら旧別館のうちの洋館の一室を借りたからと言って彼がいること自体がストレスに他ならない。
 眠れない。夢見が悪いからだ。
 悪夢は襲いかかっては引いてゆく。それは一晩に幾度も。
 眠りは浅く、何度も目が覚める。その度に、自分の小さな悲鳴と涙、汗に荒い息。こぼれそうになる嗚咽に。自分の弱さがイヤになる。
 悪循環。寝れば悪夢に飛び起きて、を繰り返す。睡眠は身体を休めるはずなのに、逆にどんどん体力を削ってゆく。
 眠るのが……すこし、怖くなった。
 今の俺にはまどろむくらいの眠りがちょうど良い。



* * *



「あ……」


 思わず漏れてしまった声。
 トイレで手を洗いながらふと顔を上げて。鏡に映る自分の顔色がひどく優れない。インドアなのも相まって肌が白いのはもともとだけれど、それを通り越して青白いかもしれない。一見すると病人のようだ、と自分でも自嘲するような笑みがこぼれてしまう。


「どうしよう…。隈、ひどい。」


 ついっと目元をなぞる。くっきりとついた隈。
 この後、月花さんのいる空中庭園(名前がないと呼びづらいので勝手にそう呼んでいる)へと行くつもりだったのに。こんな表情、見せられたもんじゃない。
 コレクションを愛でるのにはそれ相応の礼儀を尽くすというのが俺の考え。みっともない姿で会うのは俺の道義に反するのだ。
 とりあえずこの顔をなんとかしなければ。
 月花さんにすこし遅れます、と連絡を入れて部室へ向かった。
 ロッカーを漁る。あまり必要でないから確かここにあったはず。


「あった」


 黒い化粧箱。化粧箱と言ってもそう大きくはない。ポーチほどの大きさだ。
 中身を取り出して、一緒に仕舞ってあった手鏡を手に化粧品を肌に乗せてゆく。
 これもコレクションの子たちからのプレゼントで使い方も教わっている。中身は簡単なベースメイク程度のものと手入れ用の道具がすこし。
 おぼつかない手つきで肌に色を乗せ、顔色と隈を誤魔化す。血色をよく見せるためにほんのりとチークもはたいた。

 ……うん、これで大丈夫。

 パッと見じゃたぶん、分からない。ただし、どこか疲れたような雰囲気は残っている。
 道具を手早く片付けて、飛び出すように部室を出た。今日は月花さんが楽しみにしていて、と言っていたから。なにを用意してくれたんだろう。期待に胸が弾む。

 はやく、会いたい。





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