月花に謳う



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 どうしてこんなことになっているんだ!

 もういっそ、柄じゃないがそう叫び出したくなるくらいには。悠璃は疲弊していた。

 ついに生徒会親衛隊が動いた。人間の心理とは集団心理を鑑みれば難しくない。容姿も華人ランクと呼べるほどなく、ランクが低い、そして決して目立つ存在じゃない。本来の制裁対象者は転校生だが、肝心の本人は生徒会のお気に入りで彼らに守られているときた。そうすれば、同じく近くにいて、先の条件の自分に矛先が向くことは想像に容易い。なにより、意図的でないにしろ、生徒会に近づいたという大義名分があるのだ。鬱憤が溜まっている親衛隊にしたら絶好の獲物だ。

 親衛隊らしく可愛らしい容姿の生徒に声をかけられ、手を引かれている途中、嫌な記憶のデジャヴ(無論、転校生のことだ)にその手を振り切って逃走した。
まさに鬼ごっこ状態。こんな全力の鬼ごっこをやる羽目になろうとは、人生なにがあるか分からない。


 もうどこがどこなのやら。部室棟を過ぎたあたりでよく分からなくなった。悠璃が方向音痴なわけではなく、この学園の敷地が無駄に広いだけであって、主要な建物の周りはすべて樹に囲まれている――つまりは森である。


「はあ、はあっ」


 木々の間をめちゃくちゃに走り、綺麗に花をつける花壇の前を通る。整備された花壇に、学校のこんな奥まったところにどうして、と疑問が湧いたのも束の間。


「う、わ……」


 いきなり開けた視界に現れた建物。硝子張りのたぶん、温室。マジックミラーになっているらしく、外の景色を反射するばかりで中は一向に窺えないけれど。

 硝子張りの温室のその美しさに見惚れていたけれど、すぐに追手の存在を思い出して腹を括り、温室の扉に手をかけた。引けば存外、すんなりと開いて拍子抜けする。鍵はかかっていないようだった。



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