月花に謳う



26




 数日後の週末、土曜の夜。俺はまた、瑞樹のいる旧ゲストハウス施設に来ていた。
 ドアをノックして了解を得て入室する。


「ちょっと待ってて」


 そう言った瑞樹はカタカタとキーボードを打って、なにかを操作していた。邪魔をしてしまったのかな。それだったらまた日時を改めようか。


「大丈夫、すぐ終わるから。よし、終わった!」


 タン、と高い音でエンターキーを押したであろう瑞樹はくるりとこちらを振り返った。


「いらっしゃい、それからこんばんは、悠璃。やっと来たね、遅いよ?」
「うん、ごめん。それでも俺、結構譲歩したよ」
「そうだね」


 キャスターから立ち上がった瑞樹が俺の前へ立って、腕をそっと引き寄せられる。そのまま安心してその首元へ額を押しつける。背中を宥めるように撫でられてふっと身体の力が抜けて強張りが解けた。


「瑞樹、お願いがあるんだ」
「うん、何でも言ってごらん」
「ゲストハウスの宿泊施設のどこか一室をしばらく貸してほしい…」
「それだけ?そんだけでいいの?」
「ん。」


 身を任せ、体重を預けてくる悠璃に瑞樹はその背に回す手で拳を握った。自分の不甲斐なさや無力さを痛感したのだ。


「悠璃、やっぱお前はバカだよ。もっと頼りなよ、頼って欲しんだよ。お願いだからもっと欲張って」
「充分だよ。ずっと頼りにしてる。ちいさい頃からずっと、瑞樹は俺のお兄ちゃんみたいだと思ってきたよ。でも、あのことと話は別」
「……この、頑固者。」
「ふふ、なんとでも言ってよ」


 穏やかに微笑む悠璃を、瑞樹は強く攻め立てる術を持たない。
 悠璃はいつも、一歩引いたところにいる。誰にも一線を引いて、平等に接する。それだからコレクションの子たちも惹きつけるし、独りであることで醸し出される物憂げな雰囲気に危うさを感じて庇護心を抱く。それが彼だ。彼の魅力だ。

でも、と瑞樹は思う。それが救われる、悠璃の引いた境界線を飛び越えて独りの彼とともに居てくれる存在が、いつかできればいい、なんて。



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