月花に謳う



25




 かすかに響く声と肩を優しくゆする振動でふわふわとした意識が引き上げられた。ふわ、とちいさく欠伸をして背後に立っていた人物に笑みを向けた。


「ん、おはよーございます……部長。」


 やわからな癖のある薄いブラウンの髪にタレ目の中性的な容姿をした、新見茜(にいみあかね)先輩。三学年で園芸部部長だ。部員は先輩と俺だけだから、ずいぶんと可愛がってもらっている。親しみをこめて茜さん、と呼んだりすることの方が多い。茜さんの俺の扱いはたぶん弟とかに対するようなものだと思う。甘えずとも、手を差し伸べて甘やかしてくれる、そんなひとだ。


「眠そうだよ。すこし隈もある…」


 顔を覗きこまれて、隠し事をしていたようなバツの悪さに視線を逸らした。


「噂の、転入生が原因?」

「……はい。同室で、いろいろと気にかかって眠れなくて」


 それを聞いた茜さんは、もういっそここで寝たらいいかもね、とのたまう。このひとがこんな事を言い出すと、本気でここを居住空間にしかねないので全力で止めておいた。花のようにやわらかな印象があるのに、ときたま発言と行動がぶっ飛んでいるところがあるのだ。


「じゃあ、俺のところに泊まりに来る?」
「えっと、あの、それは……ちょっと」


 同室者の方が、と言おうと思ったが部長職は官人ランクだから、このランクに就くひとたちはいつか述べたように、一人部屋か役職同士の同室が基本スタンスだ。茜さんも確か一人部屋。


「一部屋はあまり使ってないし、どう?」
「え、あの、転校生にこのことがバレたときが怖いですし…、部長に迷惑をかけるのかと思うととてもじゃないですけど、ちょっと…」
「うーん、そっかあ…?」


 俺が気を遣うであろうことが予想に容易いのか、悩み始める彼に。


「大丈夫ですよ、お心遣いだけ頂きます。ありがとうございます。」
「そう?じゃあ、館花くんにでも頼るんだよ」
「そう、ですね…。近いうちには行くことにはなるだろうとは思います」


 先輩は瑞樹が授業にほぼ出ていない、特級Sランクであるとは知らない。ただ俺の仲がいい相手として名前だけを知っている。


「茜さん、紫陽花がきれいですね。俺、一度プリザーブドフラワーを作ってみたいんですけど…」
「うん?ああ、そうだね。確か過去の部員が残した道具がちらほらあるから、必要なものもそんなにかからないだろうし。たぶん部費でおとせるはずだ。そうだな、梅雨が明けたらやってみようか」
「はい、楽しみにしてます」
「それまでには道具を準備しておくよ」
「早く梅雨が終わるといいですね」
「そうだね」


 窓硝子に水滴がついている。雨が降り始めていた。梅雨も美しいけれど、やはり花の盛りは晴れているときだ。梅雨時期は花の手入れもあまりすることがなくて、この部活は暇になる。晴れたら活動の一つである花日記(校内の植えられている花の状態なんかを記録していくもの)を再開したい。

 嵐のような転校生。うつくしいものを壊してしまう前に早く去ってしまえ。



45/106
prev next
back





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -