月花に謳う
19
「あったあった。なんだ、特待生じゃねえか」
「え、まさか。特待生の一人部屋特権を奪取したってことですか…」
思わずと声を上げたのが中性的な顔立ちに線の細い人物。生徒会庶務、水無月文人(みなづきあやと)。
しずかにお茶の用意をしていた書記の宮野智之(みやのともゆき)はこてりと首を傾げている。背は高いがなにより動作がのっそりとしているので威圧感を感じさせない。
「それって大丈夫ぅー?」
遙がへらへらと笑って訊く。苛立っているときにその表情を見ると更に苛立つが何でもないときは良いムードメーカーでもある。
「たぶん、許可は下りてんだろ。水無月、一応確認の書類を風紀に届けてくれ」
「分かりました。あとで他の書類と一緒に持って行きますよ」
「そうしてくれ」
その隙のないやりとりを見遣っていた柚木だが、恵太が思い出して最初の話題へと戻る。
「ああ、それで。その同室者がどうかしたの?」
「うん。昨日とか姿見てなくてさあ、てっきり一人部屋なのかと思ってたんだけど。昼に戻ったら鉢合わせて」
「なぜ、戻らなかったんだろう」
「誰かのとこに泊まりに行ってたんじゃないの」
「それもそうだな。柚木、あまり気にするな」
全寮制であるここでは寮館内であれば特に規制はしていない。友人恋人同士泊まりあうこともそう珍しくはない。
彼らはすぐにそれを忘れてお茶会へと興じた。会話ははずみ、菓子の味を楽しむ。
――だから誰ひとりとして気付かなかった。薄暗く転校生の口元と目元がにんまりと三日月に歪んでいたのを。
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