月花に謳う



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 息が切れても立ち止まることだけはせずに、校舎を突っ切って寮とは反対方へと向かう。木々が立ち並ぶ中、すっかり荒れ果ててしまっている小道を行く。煉瓦で舗装されている小道のその煉瓦と煉瓦の隙間から雑草が伸び放題になっていることから、目的地は近年使用されていないことが窺えた。

 さっと開けた視界にゲストハウス会場の横長の洋館が現れる。繊細で豪奢な造りのその後ろにはゲストたちのための宿泊施設用に洋館が数軒建ち並ぶ。十数年前に別の場所へ新しく施設が建設されたため、今はもう使用されていない。恐らくこの場所を知っている者も多くはないだろう。
 ゲストハウス会場に隣接する簡素な洋館はゲストのために寝食の用意や料理人など給仕する者たちの宿泊施設。遠回りをして他の洋館の裏手にある送風機の上、隠されている鍵を手に取ってそこへと向かう。

 開錠して廊下をつき進んで、二階の一番端の部屋へと向かう。ツヤのある茶の扉をノックして「俺だよ」と告げる。すぐに存外やわらかな声で返答があった。どうやら来客はなかったらしいことに胸を撫で下ろし部屋へと足を踏み入れた。


「いらっしゃい、悠璃」


 くるり。こちらへ背を向けていたキャスターつきの椅子が回転し、そうした張本人は被っていたグレーのパーカーのフードを外して素顔をさらした。その、懐かしい顔になんだか泣きそうになって彼の懐へと飛び込んだ。



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