月花に謳う



12




 電気を点けて、共同リビングに入る。霜野がソファで丸くなっていた。どうやら起きてはいないらしい。
 そっとソファの傍に膝をついて顔を覗き込む。魘されているみたいだった。


「う…あ、……うぅ」


 眉は苦しげに寄せられ、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。掠れる言葉は意味を成さずに、けれど酷く苦しそうなのは確かで。


「霜野……」


 貴方は一体何に苦しんでいるの。
 香はそっと汗ばむ悠璃の頬を撫でた。
 僕は霜野の力にはなれない。たぶんなってあげられない。僕たちはそういう関係だから。確かに気を許しているのに踏み込まない。暗黙の了解。
 だからせめて傍からは離れることだけはしてあげない。

 眠る霜野の頬にゆっくりと口づけた。



* * *



 結果的にいうと香ちゃんの判断は間違っていなかった。転校生は碌な奴ではない。少なくとも俺にとっては。
 食堂の事件で生徒会は庶務以外が転校生に恋愛的な意味でおちた、らしい。コレクションである子たちから聞いた。まさに骨抜き状態らしい。それを聞き及ぶにやはり噂通り、庶務は常識的なひとなのだろう。嗚呼、コレクションに加えたい。
 今の俺はたぶん恍惚とした表情をしているだろうが、なにぶん周りに誰もいないので良しとする。他人の恍惚とした表情なんて不気味以外のなにものでもない。

 今はお昼ご飯もおざなりに寮へと向かっている。転校生が絶対に来ないうちに自室へ荷物を取りに行こうと思い立ったからだ。それにカラーコンタクトをしている分、その代えや洗浄液も欲しかったというのが一番の理由。



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