月花に謳う
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夜は嫌いだ。厭な夢を見るから。
闇は怖い。孤独であることを思い知らされる。
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寮は原則二人部屋だ。相手については事前に申請していれば融通が効く。けれど貴族、騎士、官人は基本一人部屋であることが多い。それは生徒会、風紀委員、各委員会で扱う書類が一般生徒の目に触れないようにするという役割を持っている。ただし、これらの階級同士が相部屋になるのは何ら問題もないとされる。それはこの三つの機関が連携を取っているからだ。
香ちゃんも自分の部屋に泊まれ、などと言ったが、香ちゃんにもきちんと同室者が存在する。同室者は親衛隊こそないが、それなりに顔が良く(この学校の基準でだ)、陸上の有能な選手で特級Aランク、大会では優秀な成績を収めていてなかなかに顔が知れている。あと彼がノーマルかどうかは知らないが現在は交際相手はなし、らしい。
授業終了とともに寮の自室へと向かい、衣類と勉強道具を詰め込む。そうして部屋の鍵を閉め(寮内の個室も生徒に配布されているIDカードで施錠可能)、香ちゃんの部屋へと向かった。たぶん親衛隊が昼の件で騒いでるから対処に時間がかかるだろうな、と思う。部屋の前に座りこんでおくわけにもいかないので、売店に行って夕飯の材料を買いこむ。坊ちゃん学校にしてはここの売店の価格はリーズナブルだ。
再度、香ちゃんの部屋へ向かうと香ちゃんが部屋の前でスマホをいじっていた。
「香ちゃん、カードくらい渡しといてよ」
「ごめん、バカ役員にぶち切れてすっかり頭から抜けてたんだよ。さ、入って」
「お邪魔しまーす」
「なに、夕飯作ってくれるの?」
俺の持ったレジ袋にちらと目線を遣る香ちゃん。ああ、もの凄く食べたいって顔に書いてあるよ。
「うん。お世話になるんだからご馳走するよ。大したものじゃないけどね」
そう言うと香ちゃんはやんわりと口端をやわらげる。
「霜野の料理、一人占めできるんだから、寧ろ役得だよ」
そんな一言と香ちゃんの表情に思われてるなあ、と嬉しくなって思わず笑った。
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