月花に謳う



13




「手、握って欲しい…」


 そろ、と差し出した悠璃の手は悪夢のせいでまだ微かに震えていた。さっきとは違って大丈夫?というように困ったように、けれど嬉しそうに微苦笑した香を見て、悠璃も微笑む。


「お願い」


 そっと近付いて来た香ちゃんの指先が俺の爪先と触れ合って、窺うようにゆっくりと手のひらを伝い手の甲を包み込むように絡んだ。体温を触れ合い、血の気のひいた膚を温めていく。凍えていた指先は雪融けのようにじわりと熱を取り戻して、香ちゃんの体温と交じり合うころには震えは治まっていた。


「霜野、疲れたでしょ。もう少しだけ寝るといいよ」
「でも…」
「大丈夫。遠慮するなって言ったのもう忘れたの?いいから、ほら。手は握っておいてあげる」
「…うん。」


 ゆっくりと目蓋を閉じれば、頭の上に気配を感じて。それが彼の手だと分かっていたから安心して力を抜いた。それが分かったのだろう、香ちゃんの手がそっと俺の頭を優しく慰撫するように触れた。


「おやすみ、香ちゃん」
「おやすみ、霜野」


 微かに笑いを含んだような声にゆるりと笑んで闇に意識を預けた。




 悠璃が静かに寝息を立て始めた後で。香は悠璃の青白い頬を確かめるようにやわく撫ぜ、今度は安らかに眠れますように、と願いをこめる。
 保健室に来て、寝かせたはいいものの、すぐに魘され始めた悠璃を慌てて起こした。転校生が来たとき、自分の部屋に泊まったときのそれより酷いものだった。
 小さな悲鳴は香の心に突き刺さった。
 どんな悪夢を見ているのか。彼は決して教えてくれはしないだろう。けれど、この悪夢の直接の原因とはなるのか知る由もないが、転校生の一件が彼に良くない影響を与えているのは確かなはずだ。

 彼の安寧を脅かす者を赦さない。僕たちの大切な存在だ。僕たち一部の親衛隊の心の拠り所とも言える、そんな。


「霜野の笑顔を奪ったこと、僕は赦さないよ」


 低く呟いた彼は携帯端末を操作し、仲間に指示を出した。




102/106
prev next
back





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -