月花に謳う
8
「いいから。とりあえず今日は休む!それじゃ、明日のことは明日になってから決めよう。眠るまではそばにいてあげる。」
「……うん、ありがと。」
布団の上からゆったりとしたリズムで叩かれ、つられるように意識は沈んでいった。
翌朝、定刻通りに目を覚まし、制服に着替えた。雨の降る間にゆっくりと夏は迫って来ていて、半袖でもじっとりと汗が滲むくらいになっていた。雨が降っている時間も短くなってきたし、もしかしたら例年より早く梅雨明けになるかもしれない。
いつもより早い時間に出て、向かったのは更衣室だった。久しぶりに更衣室のロッカーに寄ってみた。テスト期間だけあって授業は早く終わるし、その間更衣室は使われない。今のうちになにかされていないか確認しておこうと思ったのだ。
一応、更衣室のロッカーの中身も全部片付けておいたけれど…。見てみれば、なにやら手紙らしきものや昆虫などのおもちゃの類、らくがきなんかがされていた。しかも、掛けていたはずの鍵も壊れている。
はああ、と大仰に溜め息を吐く。
手紙なんかちょっと見てみれば、罵詈雑言やら不幸の手紙のような典型的な内容まであって、おもちゃのことも含めて小学生レベルじゃないか、とあまりの低俗さに呆れてしまう。片付けるこっちのことなど考えてなんかいないのだろうな。
それこそ盲目的に転校生を追いかける生徒会役員たちのように、親衛隊も周りが見えていないと言えばいいのか。崇拝対象が対象ならそれを崇拝する側も似た者が集まるのか。嫌気がさして、思考がとんでしまうが我に返って、それを振り払う。
ああだ、こうだ言っても仕方がない。まだ時間はある。
テスト期間中のこんな時間にわざわざ嫌がらせの追加をしに来るひとなんていないだろうけど、念のため更衣室の鍵を閉めておく。想定していたが、思っていたより時間がかかりそうだった。
片付けが終わったころには大半の生徒たちは登校する時間になっていた。持って来ていたゴミ袋は半分以上埋まってしまって地味に重たい。
初夏の締め切った室内での作業のせいで、頬や首筋を汗が伝った。早く教室に行って涼みたい。
更衣室の外へ一歩踏み出した途端、刺すような陽光に目が眩む。たたらを踏んで、手にしていたゴミ袋のせいでバランスを崩しそうになったが何とか踏みとどまった。立ち眩みのようなそれをじっとやりすごそうと、視線を落としたときだった。
「霜野」
「え?」
最近聞けてなかった、ここにいるはずのない人物の声が聞こえて勢いよく顔を上げてしまい、また眩暈がした。
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