月花に謳う



6




「そうそう、今日はおやつ作ってきたんだよー」


 歩先輩がそう言って差し出してきた容器の中には貝殻の形を模した焼き菓子がみっちり詰められていた。


「マドレーヌですね。歩先輩、ありがとうございます」

「いえいえ。どうぞ食べて、いっぱいあるから。そろそろ夕飯時と言ってもいいしね」

「あ、本当だな」


 冬吾があげた声につられるように時計を見て見れば、とっくに六時を廻っていた。
 雑談を交えつつ、解いた問題を解答していく。所々あるミスを確認しては歩先輩に合っているか確認していれば、部屋を借りていた時間がきたので解散となった。


「悠璃くん、マドレーヌ余っちゃったやつ、良かったらもらってくれる?容器は明日返してくれたいいから」

「え、でも…。弁当も作ってもらってるのにこれ以上もらうのは…」

「悠璃、もらってくれ。俺も味見で何個か食ったし、帰ったら夕飯だから」

「そっか。うん、それなら…。ありがとうございます」

「どういたしまして」


 ニコニコと笑う恋人たちを見ていればこれは二人の策に嵌ったんじゃないかな、とというのを察して。今度二人にお礼の品物を用意しようと決めて礼を言った。





 別館で使っている自室で、夕飯代わりに買ったサンドイッチを食べているときだった。胸の奥につかえていた気持ち悪さが急にこみ上げてきて。
 まずい、と思ったそのままに備え付けてある洗面所へと駆けこんで、逆流してきたものを肩を震わせながら吐き出した。その後も何度か嘔吐いたから、胃酸が胸をひりひりと灼く。


「……はぁっ、」


 思っていたより疲れていたのだろうか。最近、あまり食事が進まないから、しばらくぶりに食事をまともに胃に入れたからだろうか。それとも転校生が話しかけてくるから?もしかすると……月花さんに会えてないからなのかもしれない。
 分からない。なんだろう、頭のなかがぐしゃぐしゃだ。そうじゃ、なくて――。


『悠璃くん、マドレーヌ余っちゃったやつ、良かったらもらってくれる?』


 ふわ、と優しい声音で言ってくれた歩先輩の言葉が甦る。


「あ、そっか…。マドレーヌ……」


 視界に入ったのは先輩からもらったマドレーヌが入った容器。今は夏場だし、そう日を経たずに傷んでしまうだろう。でも胸焼けがひどくて、もう食べられそうにない。どうしようか。
 働かない頭で食べなければ、と思う。折角の好意を無駄にしたくない。彼らの心遣いは痛いほど分かっている。
 しばらく、その場に蹲っていたがやがて、どこか頼りない足取りで容器を抱えて部屋を出た。




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