薔薇輝石:ピアス
琥珀サイド
「こっちが憂鬱になりそうな陰気臭い表情してるね。いつものことだけど」
おだやかな陽光が生徒会長席の後ろにある開き窓からさしこみ、レースのカーテンが風にはためく。日曜のゆるやかな午後だった。
そんな生徒会室のソファに身を沈め、ぼんやりとしていると突如響いた声。扉の方には目を向けずに虚ろだった焦点をなにもない宙で結んだ。
「サイか。いつも言ってるだろ、ノックしなよって」
ブリーチして傷んだ髪は色素がうすく(むしろ白に近い)、カラコンなのかどうか知らないが薄灰色の双眸の、平均的な体型な少年。風紀副委員長を務める、一つ歳下の後輩で、岸本彩伽だった。顔立ちは小奇麗で、どちらかといえば中性的だが少年独特のあどけなさがある。風紀での検挙率も高く、一部では白い悪魔と呼ばれているらしい。二条以外に自分の本性を知る者であり、生徒会と風紀という関係上関わりあいの多い人物だ。それに情報といえば、彼、と言えるほど噂やその手の話題にやたら詳しい。
「なにか、用?」
彩伽がニィーっと口端をゆるく押し上げる。
「一昨日さ、琥珀が取り乱してたっていうから、ちょっと様子を見に?」
さすが、と口に出さずに心の中で舌打ちをする。ソースはおそらく生徒会のメンバーの誰かだろう。
「それで、お前の感想は」
「べっつにー?いつもと変わらないじゃん。ぽろっとボロが出たかー、ってそんなとこ」
ちょっとキッチン借りるよ、と言ってひっこんだ彩伽がティーカップを片手に戻ってくる。
「適当に拝借したけどいいよね。それより、本題はこっちだよ」
向かいの席に腰を下ろし、ホッチキスで留められた書類が渡される。
「ああ、これか」
目にかかる前髪がうっとおしくなって、思わず掻き上げる。手を下ろすろときについ癖で耳朶に触れた。皮膚を貫く無機質な石のつるりとしたわずかな感触が指腹に残った。
「前からちょっと訊こうと思ってたんだけど、そのピアスってホンモノ?ちゃんとした宝石?」
「そうだけど」
「へえ、じゃあエメラルドとか?」
ちょっと楽しそうにメジャーな宝石の名前をあげて尋ねてくる彩伽に、俺はそっと微笑を浮かべて。
「はずれ、これは翡翠だよ。」
誰よりも大切な弟と同じ瞳の色と名前をもつ、宝石。
細められた濃い茶の双眸は暗く翳をもち、愛おしそうにどこかへ想いを馳せていた。