天青石:3
泣きたかった。どうしようもなく。ただこのぐしゃぐしゃの感情に流されて泣き喚いてしまいたかった。
それをぐっと堪えて、席を立つと運よく傍に立っていた担任に気分が悪いことを告げ、ホールからロビーへ連れ出してもらった。すこしすれば生徒たちはここを通る。担任は雨の日について気圧差に弱いと認識されているようで今回もそれだと思ったようだ。気分が優れたら授業に参加するということでこの場は寮へ帰ることの了解をしてもらった。
「大丈夫か?」
「はい」
若干ふらふらする。本当に体調が悪化してきたようだった。一歩踏み出そうとしたところでぐらりとめまいが襲い、結果担任が寮まで負ぶさってくれた。礼を告げてすぐさま自室の寝台へもぐりこんだ。
兄さん、兄さん。
“琥珀だよ、翡翠。二人きりのときは琥珀と呼んで”
蘇る兄の慈しむやわらかな声。頬を撫でる手の感触。甘やかな微笑。すべてすべて、あの日に失ってしまったもの。
琥珀、琥珀。僕の大切なひと。焦がれてやまないひと。
ぐっと胸をせり上がってくる熱は嗚咽と涙となって体外へ出た。胸が痛い。苦しい。
琥珀、と何度も繰り返して、泣き疲れた僕はとろりと下がった目蓋に意識をあずけた。