天青石:曇天
兄と別れてから、もう六年が経とうとしていた。
あれから両親は離婚し、僕は母に引き取られ、旧姓を名乗っている。あんなことがあったけれど母は仕事には厳しく、しかし人間としてはよくできた人で、僕たちの間に溝という溝はない。母は僕が兄のことを口にしなくなったから、見かけ上は僕と母の間でもうなかったことになりかけていた。
そう、見かけ上だ。たまに泣きたくなる。胸の奥底に貯まった想いという名の膿はじくじくと痛みを持った。学校から誰もいない自室に入るとなぜか涙がぽろぽろと溢れ出して、思い出したように胸がずきずきと痛みだす。それでも壊れないのは生きているから。
もう会えなかったとしても、この想いは僕だけもの。いつしか名前を知った感情には見せかけだけの蓋をした。
■ ■ ■
「おい、ぼさっとしてんな」
同室者の声にはっとして我に返る。
ベランダへと出る窓の向こうは濃い灰色で雨が今にも降りだしそうだった。こういう色は兄と別れたあの日を思い出す。そして感傷的になるのはもう癖だった。
ぼーっとしていた所為で洗い物をしていた水は流しっぱなしになっていた。同室者は見かねて声をかけてくれたのだろう。学園で一匹狼というか、一人でいることの多い彼は存外、面倒見がいい。同室になってから一か月余り、それなりに世話になっている。僕自身、あたり障りなく交友関係を築いているから心配されたりもするが、関係はいたって良好だ。むしろ彼らとの方が表面上のおつきあい、と言った方がいいかもしれない。それを同室者に告げたら、なんだか微妙な顔をされてしまったが。