定時になると、カバンを纏め颯爽と部屋を飛び出す名前の後姿を今日も見つめる事しか出来ない。
本当は分かっていた。
名前がどこへ行っているのかも、誰に会いに行っているのかも。

「それじゃあ、警視!お先に失礼します」

「お疲れ様でした」

その日は、特に大きな事件もなく部下達も定時とまではいかないが早めに帰宅を始め執務室には一人きりになった。
静かな部屋で書類を片付けているとポケットに入れたケータイが振動を始める。
急な事件でもあったのかとディスプレイを見ればそこには“名字名前”の文字。
慌てて通話ボタンを押すと、電話の向こうから苦しそうに咳き込む声と知らない男の声が聞こえた。

「もしもし?」

「もしもし、明智警視殿でしょうか?名字さんのケータイからすみません。私…」

電話の相手は丁寧に名乗りを始める。
人物こそ知らないが、どうやら同じ警察官であり高遠が送られた拘置所の看守を努めているという。
名前が高遠の面会に来て何かがあったらしく過呼吸を起こしてしまったので明智に連絡をしたとの事だった。
「お手数お掛けして申し訳ありません。これから迎えに行きます」
「いえ。よろしくお願い致します」
通話を切って、明智は小さく息を吐いた。
この所頻繁に剣持に何か相談をしたり外出をしているのは知っていた。
何となく、それが高遠の為だとも分かっていた。
明智は、イスに浅く腰掛け背を逸らすように背もたれの方へ倒れこむ。

「名前……」

小さく呟いて、明智は書類をしまうとカバンと鍵を持って駐車場へ向かった。
車に乗ってエンジンをかけ、カーナビに位置を入力して車を走らせる。
暫く走って、辿り着いた先ではもうだいぶ落ち着いたらしい名前が看守に平謝りしているのが目に入った。

「名前…!」

「あ、明智警視。お手数をお掛けして申し訳ありません」

「いえ。おさまった様でよかった。帰りましょう」

明智は看守に軽く挨拶をして名前の手を引き車へと連れて行く。
車に乗り込んだ名前は、明智と視線を合わせないようにずっと外を見ていた。

「シートベルトはちゃんとしてくださいね」

「…分かってます」

シートベルトの金具をとめる為に自分の方を向いた名前の腕を掴んだ明智は、真剣な目で名前を見つめる。
逃げられないよう、痛いくらいにぎゅっと手首を握り締める明智に名前はびくっと体を震わせる。

「け、健悟さん…」

「私が何を言いたいかは分かっているでしょう?」

「すみません。黙っていた事は謝ります」

明智から離れようと、手を振りほどこうとするが力で適うはずがなくびくともしない。
名前は必死に手を離そうと明智の手を掴むが、逆にその手も拘束されてしまう。
明智は、ぐっと名前との距離を縮めた。

「本当は、名前の気持ちがしっかりと決まるまで待つつもりでいましたが、そうも言っていられない様です。あの時の返事を戴けますか?」

「それは…」

「簡単な筈です。高遠を選び全てを捨てるか、私を選び過去を捨てるか…」

明智は名前を引き寄せ鋭い視線を向ける。
名前は自由の利かない両手を見つめ、目を伏せ唇を噛み締める。

「過去だけじゃない…私と、健悟さんが一緒になるって事は自由を捨てるという事でしょう?」

「名前…まさか、全て思い出したんですか?」

明智の言葉に、名前は小さく頷いた。
本当は思い出したと言うよりも最初からほぼ覚えていた…
それを隠していたと言うべきなのだろうが、事実は変わらない。
明智に知られた以上、残された道は鳥籠の中で偽りの幸せを演じるしかない
ただそれだけのことだ。
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