冷たくて真っ暗な闇の中、一筋の光が見えた。
差し伸べられた手はとても暖かくて、灰かぶりの少女が王子様に出会ったそんな気がした。
それはとても冷たい雨の日だった。
ぼろぼろの服を着て、路地裏でぼんやりと空を見上げていた。
両親の仕事の都合で、幼い頃からイギリスで生活をしていたが父の会社が倒産し色んな屋敷へ使用人として入ったが“日本人”だからという理由で様々な嫌がらせを受けた。
もういっそこのままここで朽ち果ててしまおうか…目を閉じた時、体に打ち付けていた冷たい雨を感じなくなりゆっくりと目を開けた。
そこには、まだ20歳くらいだろうか日本人らしき青年が傘を差し掛けてくれていた。
「こんな所で何をしているの?風邪を引きますよ」
「いいんです…もう、働く場所も帰る場所もないんだから」
弱々しく呟く名前に、青年はそっと手を差し伸べた。
「なら、家に来ませんか?」
「え…?」
「私は、高遠遙一。マジシャンの見習いをしています。家を空ける事が多いので、住み込みで仕事をお願いしたいのですが…」
高遠の言葉に、名前は目を見開いた。
今出会ったばかりの、こんな身なりの酷い女を使用人として迎えるというのか
名前は疑う様に口を開く。
「私は…日本人ですよ?」
「僕もですよ。それに、君を気に入ってしまった…それではいけませんか?」
「…不思議な人ですね」
高遠の言葉に、名前はクスッと笑ってみせる。
名前が笑ったのを見て、高遠もフッと笑みを零し手を伸ばす。
「名前を聞いてませんでした」
「…名前です。よろしくお願いします。高遠さん!」
その日から、高遠の家で住み込みで働く事になった。
両親が亡くなっているらしい高遠の家は、名前と高遠の二人暮らしだった。
他にも数名の使用人はいたものの皆時間になれば家に帰っていく。
そんな生活が何年か経ったある日曜日、マジックショーから帰った高遠は酷く疲れた様に家に戻ってきた。
「ただいま…」
「お帰りなさい。珍しいですね、今日は飲んでいらしたのですか?」
「付き合いがあるからね。紅茶か何か部屋に持ってきてくれますか?」
「かしこまりました」
高遠は、そういうと自室へと上がっていった。
暫く見ないうちにまた細くなった高遠の背中を見て名前は胸が痛むのを感じた。
その晩、紅茶を持って高遠の部屋へ入ると高遠はシャツを着崩した状態でベッドに腰掛け本を読んでいた。
「何を読んでいらしたんですか?」
「ん?…先日ショーに出かけた先で売っていたから買ってみたんですよ。【シンデレラ】という童話の様です」
「ああ、有名ですよね。灰かぶりの少女が魔法使いの力を借りて舞踏会に行って王子様と恋に落ちる…」
「まるで、僕らのようですね」
小さく呟いた言葉に、名前が不思議そうに顔を上げると高遠はベッドから立ち上がり名前の傍へ寄ると手を差し出した。
「名前と会ったあの日から、ずっと言いたかった事がある。僕は、名前が好きです」
「…いけません。私は」
「立場なんて関係ない。名前に傍にいて欲しいんです」
伸ばされた手に、名前はぎゅっと両手を握り締める。
自分は使用人で、高遠は主人で…でも、あの日差し伸べてくれた手のぬくもりが、優しく笑いかけてくれた事が忘れられない。
いつしか溢れ出る思いを止められなくなっていた。
名前は高遠の手を取るとぎゅっと握り返した。