地上に這い出て、7日しか生きれないセミが自分の生きた証を残す為にせわしなくないている。
もう夏も終盤だな…そんな事をぼんやりと考えながらクーラーの効いた涼しい部屋でお昼に用意した素麺をすする。
テレビでワイドショーを見ながら女子にあるまじき、あぐらをかいて素麺をすすっているとふいに片方の膝に重みが掛かる。
「…高遠さん、重いです。そして暑いです」
「…ここが一番安眠出来るんです」
「素麺の汁飛ばしますけどいいですか?」
可愛げのない事を言いながら、名前はちらりと高遠を見てまた視線をテレビへと戻した。
高遠は、目を閉じて小さく寝息を立てている。
名前は素麺を啜りながら内心で小さく息を吐いた。
暫く素麺を食べながら膝に高遠の重みを感じ素麺を食べる。
全て食べ終わり高遠の顔を見れば、案の定汁が飛んで頬を汚していた。
「…だから言ったのに」
文句を言いつつも、テーブルの上に置いたティッシュで顔を拭く。
乱雑に頬を拭っても一向に起きる気配のない高遠に、名前は呆れてまた息を吐いた。
「…男の人の癖に、睫毛長い。肌も白くて綺麗だし…」
高遠と出会ったのはいつだったか、確かここに越してきてからだったと思う。
あれは、寒い冬の日の事だった。
当時まだ学生で、アルバイトをしていた頃だったと思う。
珍しく雪が降り積もった日、“寒い、寒い!”と言いながらアパートに帰ってくると見知らぬ大学生くらいの青年がアパートの壁に凭れかかっていた。
怪我はしていない様だったが、頭には雪がつもり冷たくなっていた。
「あの…大丈夫ですか?」
「……」
「生きてる…よね?立てますか?」
青年は、冷たい目で名前を見ると小さく頷いた。
名前は青年の手を引っ張り雪を払って部屋に入れるとまずは風呂場へ案内した。
じっくり体を温めて出てきた青年に暖かいココアを振舞った。
「はい、暖まりますよ」
「・・・すみません」
青年は、ココアを一口飲むと“甘い”と呟いた。
名前は冷蔵庫を開けて中を見回す。
「お腹空いてません?私もこれからご飯なんです。簡単な物しか出来ませんけど…食べませんか?」
「いえ、私は……」
「遠慮しないで下さい!うどんくらいしか出来そうにないですけど…」
そう言って、名前は青年の前にうどんを作って出す。
「さ、食べましょ!お腹ぺこぺこなんです!」
「…ありがとうございます」
「お名前聞いてもいいですか?私、名字名前って言います」
「…高遠遥一です」
高遠は、小さく名を告げるとうどんをすすり始める。
名前は“素敵な名前ですね”と告げうどんを食べ始める。
それから何を話したかはよく覚えていない。
ただ、うどんの後に「アイスもありますよ!」と言ったら「この寒い中アイス食べるんですか?」と驚かれた事だけは鮮明に覚えている。
「高遠さんは分かってないよね。寒い日のアイス!暑い日のラーメン!この季節にどうよ?って組み合わせが最高だったりするんだから…」
名前が呟くと、高遠は膝の上で寝返りを打つ。
先程まで仰向けになっていたのが、猫のように体を丸め名前の体に顔を付ける様に向く。
名前はぐっと腹に力を入れ引っ込める。
以前、足を伸ばしている時に同じ様に高遠が膝に頭を乗せてくることがあり、顔をお腹の方へ近付けて言ってはいけない一言を発し腹を触った。
「前より膝が柔らかくなって寝心地が良くなりましたね…ただ、お腹の肉は余計ですね」
「…その綺麗なお顔を肘で潰して差し上げましょうか?」
「いえ。遠慮しておきます」
行くところがなさそうだったから、何となく二人で住み始めて何となく恋人みたいな事をし始めて…
名前以外は何も知らない。
何をしている人なのかとか、歳はいくつなのかとか…
ただ、毎日夕方になると大きな荷物を持ってどこかへ行っては明け方に帰ってくる生活。
何をしているか聞きたかったけど、聞いたら猫のようにふらっと何処かへ行ってしまう様な気がして…それ以上を聞く事が出来なかった。