割れんばかりの歓声の中、マジックを披露した君は優しく微笑んでいた。
あの頃と違うのは、楽しそうな君を近くで見れるという事だ。


「乾杯ー!高遠君、今日も凄かったよ!」

外に広がる夜景を見下ろせるホテルのレストラン、シャンパンのグラスを合わせて今日のマジックショーの成功をお祝いする。
シャンパンを一口飲んで、目の前に座る天才マジシャンであり恋人である、高遠遥一を見れば高遠は少し不服そうにこちらを向いた。

「ありがとう。名前…そろそろ付き合ってかなり経つのにその呼び方は…」

「あ、ごめん!何だかな〜どうしても昔の癖が抜けなくて」

「昔の癖って…名前は教育実習生だったでしょう」

「それでも“先生”です!それに、私の方が年上だし」

運ばれてきた料理を口に運びながら言えば、高遠は“そうですね、名字先生”なんてざわとらしく口にしてみる。
教師を目指していた名前は、教育実習で行った学校で天才少年と言われた高遠と出会った。
当時の高遠は、人を寄せ付けずいつも一人でつまらなそうな顔をしていた。

「当時は、高遠君って毎日つまらなそうな顔してたよね」

「そうですね。本当につまらなかったですし」

「君って変なところが大人だよね」

「子供扱いしていた人がよく言う…」

高遠は、当時の事を思い出すように苦笑しながら目を閉じた。
名前もふいに当時の事を思い出した。

真新しいスーツを着て、緊張しながら毎日教師のアシスタントを行っていく日々。
たった数週間の事なのに、毎日胃が痛くて朝から胃薬を飲んでいた。
一日が終わると疲れ果て、とぼとぼと帰り道を歩きながら近所の公園で大好きなミルクティーを片手にベンチに腰を下ろし夕日を見つめる。
もう実習も半分を過ぎたと言うのに未だに慣れきらない。
日に日に大きくなる溜息に、名前は目を伏せた。

「ああ…今日も疲れた」

ずっと憧れていた教師になる為に、毎日必死で頑張っているもののそう甘いものではないと痛感する。
子供と言ってもそう年の変わらない子達を相手に苦戦する毎日。
学校で勉強するよりも何倍も何倍も知識を叩き込んでおかなければならない

「はあ…私、向いてないのかな…」

「こんな所で何をしているんですか?」

紅茶の缶を握り締め肩を落とすと、ふと誰かに名前を呼ばれ顔を上げる。
そこには、どこかで見た様な一人の少年が大きなカバンを持って立っていた。

「君…どっかで。あー!もしかして、秀央の天才少年?」

「天才かどうかは分かりませんが、秀央の生徒ではあります」

「高遠君だっけ?授業態度があまりよろしくないって噂になってるよ」


名前の言葉に、高遠は少し不服そうな顔をする。
微かにしか表情が変わらない為気付きにくいが、名前はしまったと口を押さえた。

「どんな噂をされても結構ですが…普通本人にいいますか」

高遠は、そう言って微かに笑みを見せた。
名前は紅茶の缶を隣に置いて高遠に手を伸ばした。

「君、笑ったら凄く可愛い顔してるね!黙ってても綺麗な顔してるけど」

「…男に可愛いは失礼かと思いますが」

相変わらず、表情はあまり変わらないけれどほんの少し頬が赤い気がした。

「高遠君、照れてる…?」

「照れてません。名字先生の勘違いです」

高遠に“先生”と呼ばれると、何故かくすぐったい様な少し恥かしい様な気持ちになって口元を緩めた。
高遠は、名前の隣に腰を下ろすと夕日を見つめながら小さく呟いた。

「先生の方が、笑った顔は可愛いと思いますよ」

「…っ!あ、ありがと…」

「照れました…?」

「お!大人をからかうんじゃありません!!」

図星をつかれ、恥かしくなってそう言えば高遠は“そんなに変わらないじゃないか”と告げた。
さっきまで落ち込んでいた筈の心が、今はとっても落ち着いている。
名前は内心で高遠に感謝した。

「ところで、君はこんな時間にこんな所で何をしてるの?」

「誰にも言わないと誓ってくれますか?」

「うん。誰にも言わない!」

高遠は、小さく息を吐くとカバンからマジックの道具を取り出すと簡単なマジックを名前に見せた。
名前はそれを目を輝かせ見つめる。

「練習を兼ねて、ここでマジックを披露しているんです」

「凄い!高遠君、マジシャンになりたいの?」

「…おかしいですか?」

急に手を止める高遠に、名前は大きく首を振る。

「おかしくなんかない!高遠君なら、きっと将来凄いマジシャンになれるよ!!大きな会場で、たくさんのお客さんに囲まれて…!高遠君がマジシャンになったら、私も絶対見にいくから!」

力説する名前に、高遠はフッと笑みを溢した。
名前は高遠が笑った事に、驚いて高遠を見る。

「…私、何か変な事言った?」

「いえ。不思議な人だなと思っただけです」

「そうかな?普通だと思うけど…」

「先生がいるなら、学校も少しはマシなのかもしれませんね」

そう呟いた高遠は、どこか遠くを見つめている様な気がしていた。
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