たった一人の家族だから、とても大切だった。
だから、あんな嫌味な男にだけは奪われたくなかった。
いつまでも、傍で笑っていて欲しかった…
マジシャンの修行を終えた高遠は、数年ぶりに日本へと帰国した。
手にしたハガキには綺麗な文字で“帰ってくる時は連絡してね”と綴られていて口元が緩む。
数日前に国際電話で帰る日程を連絡し、荷物が出てくるのを今か今かと待ちわびる。
「名前…前に会った時より美しくなっているでしょうね」
そう呟けば、脳内に懐かしい名前の声が響き渡る。
“こら!お姉ちゃんって呼びなさいって言ってるでしょ”
いつも恥かしくて名前しか呼べずにいる高遠に、名前は頬を膨らませていたが仕方ないと言って高遠の頭を撫でていた。
思い出を懐かしむ様に表情を緩め荷物を受け取った高遠は手続きを済ませると到着ロビーへと降り立った。
「ここも随分変わったな」
そう思い辺りを見回していると、懐かしい声が届いた。
「あ!いたいた!遙一!!」
「名前…!」
名前の姿を見つけ表情を緩めたのもつかの間、名前の隣に寄り添う様に立つ男を確認した高遠は表情を強張らせた。
端整な顔立ちはしているが、どこかクエナイ男…それが名前の隣に立つ男…明智の第一印象だった。
「もぉー!そろそろ“お姉ちゃん”って呼びなさいよ。お帰り、遙一」
「ただいま、名前。そちらの方は?」
高遠はちらりと明智の方を見て冷たく言う。
名前はそうだった!と言いながら明智の腕に腕を絡め恥かしそうに告げた。
「明智健悟さん。私の大学時代の先輩で…その…婚約したの」
「初めまして、明智です。どうぞよろしく」
明智はそう言うと、握手を求めるように手を差し出した。
高遠は内心不服に思いながらもそこまで子供ではない為その手を取り握手を交わす。
「高遠遙一です。姉がお世話になっています」
「いえ、こちらこそ。君の話はお姉さんから伺っています。とても腕のいいマジシャンだとか」
「まだ駆け出しですから、腕前はどうでしょうね」
そう話す高遠に、名前は明智と腕を組んだままずいっと顔を近づける。
「遙一のマジックは折り紙つきよ!だって、お母さんの息子なんだから」
「…ありがとう」
名前の言葉に、優し気持ちになり素直にそう告げた。
弟の嬉しそうな表情に名前も心が温かくなり微笑んで空いた手で高遠の頭を撫でた。
「せっかくですから、このまま何処かで夕食でもどうですか?」
「それいいですね!遙一は何が食べたい?」
「…折角日本に戻ったんだから、和食がいいかな」
少し難しい注文にしようかとも思ったが、明智の顔から察するに洋食よりも和食に疎い気がしてあえて和食を選択した。
明智は顎に手を当て少し考えるとポケットからケータイを取り出しどこかへ連絡を入れた。
「予約が取れましたので、行きましょうか。今日は私の行き付けの店を紹介します」
「わーい!楽しみ!!」
名前はそう言うとギュッと明智に絡めた腕に力を込める。
それを見るたび高遠は胸が締め付けられる様な思いがした。
明智の行き着けという店は、想像していたよりもこじんまりとした店だった。
人の良さそうなご夫婦が営むその店の料理はどれもどこか懐かしい味がした。
幼い頃から母を知らなかった高遠に、名前はよく料理を作ってくれた。
最初のうちは食べられる様な代物ではなかったが、中学に上がる頃には随分と上達していたのを思い出す。
“うちにはお母さんがいないから私がお母さんの代わり!だから、これが我が家の母の味なのよ”
名前はよくそう言っていた。
嫌いなものがあって避けると最低一口は食べなさいと無理やり口の中に入れられた。
そんな姉を横目で見れば左手には小さな宝石が付いた指輪が輝いていた。
(婚約…か)
高遠は複雑な気持ちを押し隠しながら料理を頬張った。