都内ではとても有名な進学塾である獄門塾に新任講師の名字名前が着任する事になったのはいつの事だったか。
入った当初は、厳しい内容に生徒達を気遣う余裕すらなかったがそれにもだいぶなれだんだんと生徒と言葉を交わす余裕が生まれてきた。
そんなある日、獄門塾に新しい講師がやって来た。
「今日から当塾に入って戴きます。英語担当の赤尾一葉先生です」
「赤尾です。宜しくお願いします」
そう言った赤尾は、顔をゴムマスクで覆った不思議な人物だった。
「では、分からない事は名字先生に聞いてください。名字先生、宜しいですね?」
「え!あ…はい。赤尾先生、名字と申します。どうぞよろしくお願いします」
そう言って名前が頭を下げると、赤尾は口元を緩めた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。名字先生」
「分からない事があれば聞いてください」
「ええ、頼りにさせて戴きます」
そんな他愛無い挨拶を交わしたのを機に、赤尾と親しくするようになった。
親しいといっても、塾の中でのみの事でお互いにプライベートでは会った事はなかった。
呑みにでも誘おうかとも思ったが、仕事が終わるとそそくさと帰っていく赤尾にいつも声を掛けられずにいた。
そんなある日、名前はとんでもないものを目撃してしまった。
その日、赤尾はテストの採点があるからと一人遅くまで残っていた。
名前は特に遅くまで残る理由もなくいつもと同じ時間に塾をあとにした。
帰り道、買い物でもして帰ろうとカバンを漁っていると机の中に手帳を置いてきてしまった事に気付く。
「あ、しまった!手帳置いてきちゃった」
いつもならば、明日でもいいと思うところだが確かあれには安売りのチラシが挟まっていたはず。
誰かに見られるのも恥かしいので名前は急ぎ塾へと戻った。
「赤尾先生まだ残ってるのかな?」
獄門塾へ戻ってくると、所々明かりが点いているのが見え名前は急ぎ講師たちが使う部屋へと向かった。
「あった!良かった〜。そう言えば、赤尾先生はまだ残ってるのかな?」
部屋へ入ってきたが、赤尾の姿はない。
不安に思いその辺に置いてある懐中電灯を持って真っ暗な塾の中を歩いていく。
「赤尾先生ーまだ残ってらっしゃるんですか?」
恐怖を紛らわせる為に赤尾を呼んでみるが返答はない。
電気が点いている様に見えたのも気のせいかもしれない…とりあえず一度上まで上がってから帰ろうと決めた名前はとある教室で見てはいけないものを見てしまった。
一箇所だけ明かりが点いた教室があり、何だまだ残っているんじゃないかと足を向けると底には服装こそ赤尾だがゴムマスクを取った青年の姿があった。
「おや、ついに見つかってしまいましたか」
「あ、あなた…赤尾先生ですか?」
「ええ。と言っても、“赤尾一葉”は偽名ですが。本当の名前は“高遠遙一”といいます。聞いたことくらいあるのではないですか?」
高遠…その名前に名前は一歩後ろへ下がった。
最近ニュースでよくその名を耳にする指名手配犯。
名前は震えながら一歩ずつ後ろへ下がっていく。
高遠は、特に何をするでもなく名前を見つめ微笑んだ。
「別に構いませんよ。大声をあげるなり警察を呼ぶなり好きにしてください。まあ…それが出来ればの話ですがね」
クスクスと笑う高遠に名前は腰が抜けてしまったようにへたり込んでしまう。
高遠はそんな名前に笑みを溢す。