「まったく…まだ20代だってのに大きな子供を持った親の気分だわ」
文句を言いながら、高遠の髪を撫でる。
さらさらとした髪を撫でれば、気持ち良いのだろうか滅多に変わらない表情が少しだけ緩んでいる様な気がした。
「何か、猫みたい…」
気まぐれに自分に寄って来ては膝の上に頭を置いて眠ってしまう。
黒い髪がさらさらと気持ちよくて、寝顔は男性と思えない程に中性的というか、可愛らしいとさえ思える。
きっと年上だろう男の人に“可愛い”は失礼かもしれないが、ついこちらの頬も緩んでしまう。
思わず“フフ”と声を漏らせば、先程まで閉じられていた綺麗な色の瞳がゆっくりと開かれ体の位置を戻すと細い指が名前の頬に触れた。
「…随分とご機嫌ですね。何かいいことでもありましたか?」
「いい事というか…高遠さんの寝顔見てたら可愛いなぁ…と」
「私の寝顔など、そんな大した物ではありませんよ」
高遠はそう言っての頬を愛しげに撫でる。
細い指が頬を撫で、くすぐったくなり名前はそっと高遠の手に自分手を重ねた。
「分かってないな…高遠さんは!」
「私はそんなに自信家ではないつもりです」
「はは…見た目ナルシストっぽいけどね」
そう言って笑えば、もう片方の手が頬に伸びて頬をつねった。
「いひゃひゃひゃ!」
「このお口は、いつからそんな事を言う様になったのですかね…。そんな子に育てた覚えはありませんよ?」
「いや、高遠さんに育てられた覚えはないです!というか寧ろ私が高遠さんを育ててる様なもんじゃないですか!」
そう言うと、高遠さんはまた目を閉じて“知りません”と呟いた。
まったく、目を覚ますとこれだから可愛くない。
本当に猫みたいだと思う。
高遠はいつもと変わらない筈なのに、名前の胸は何故かざわついた。
頬に触れていた手を強く握り、そっと声を掛ける。
「高遠さん…」
「どうしました?」
「…どこにも行かないよね?」
確かめるように、ぎゅっと手を握る名前に高遠は応える様に握られた手に指を絡める。
「名前がここに居ていいと言ってくれる限りは、あなたの傍にいますよ」
「…うん。ずっとここに居ていいよ」
「ありがとうございます」
そのまま暫く高遠を膝の上に乗せ、片手を繋いだままもう片方の手で髪を撫でた。
繋いだ手から伝わるぬくもりは優しくて…とても安心出来る筈なのに嫌な予感は消えなかった。
どれくらい経ったのだろう、いつの間にか眠ってしまった様で、飛び起きれば外はもう暗くなり始めていた。
仕事が休みだからとついうっかり寝てしまった事に名前は後悔した。
「しまった!寝ちゃった…高遠さん、起こしてくれたらいいのに。クーラーも付けっぱなしだし…ああ、足痺れた…!」
長い事胡坐を書いて座っていたせいで足が痺れて痛い。
いつの間にか真っ直ぐに足を伸ばしソファーに凭れかかっていた様で立てない程ではなかったが、立ち上がるとびりびりと痛みを感じる。
「高遠さんーー!ご飯何にします?」
痛い足を引きずる様に別の部屋へ向かったが、そこに高遠の姿はなかった。
きっと明日の朝になれば戻ってくるだろうと思いその日は一人でご飯を食べ風呂に入りベッドに入って眠りに付いた。
きっと明け方にはまた戻ってくる。
そうして眠りについたが、翌日も翌々日も高遠が戻ってくる事はなかった。
いつの間にかベッドのサイドボードには、以前渡した合鍵が置かれていて、名前はそれを見つめ静かに涙を流した。
「傍にいるって言ったのに…うそつき!」
悲しいのに涙は出なかった。
いつかこんな日が来るって分かっていたから。
本当は全部知っていたから。
あなたが“指名手配中の殺人犯”だって事
たとえあなたが悪い人だったとしても…一緒にいられた日々は幸せだった
たとえば息をする様に(あなたは私にとって息をする様に自然に傍にて、とても大切な人でした。さようなら愛しい人)
→あとがき