下手くそな唄

「ふふふ〜ん、ふ〜ん」

 台所から機嫌の良いハナ唄が聞こえてくる。どこかで聞いたことのあるメロディーを、新八が調子っぱずれに口ずさんでいた。
「お〜い、音痴、うるせぇぞ」
 銀時は思わずテレビの音量を上げた。今ものすっごく大事なところなのに、新八の下手くそな唄で邪魔されてはかなわない。
「音痴で悪かったですね! あんたのテレビの方がよっぽどうるさいですよ。近所迷惑なんで音量下げてください」
「いやいや、お前の唄の方がよっぽど迷惑。今せっかく結野アナがしゃべってんだから」
 新八は相変わらず、ふんふふ〜んと唄っている。聞きたくないのに、銀時の耳はどうしても結野アナのアナウンスよりも音の外れたメロディーの方へ傾いて、……一体何の唄だったろうか、気になって仕方がない。まったく困ったものだ。せっかくの結野アナが、下手くそな唄にかき消されてしまった。
 それにしても一体どこで聞いたのだろう。お通の新曲とか、そういう感じではない、もっと何か、CMソング? そんな感じだ。聞き覚えがあるのに思い出せないのがモヤモヤした。新八が下手くそだから、よくわからないのが悪いに違いない。
「新八、それ何の唄?」
「さぁ……」
「何か聞いたことある」
「何でしたっけ」
「知らねーで唄ってんのかよ」
 銀時の頭の中でも、ついに謎のメロディーが流れ始める。止められない、気になる。しかし何の唄だか結局わかりゃしなかった。




「ふんふふ〜ん、ふふ〜ん」

 厠から妙な調子で唄うのが聞こえた。ジャーッという水の流れる音とともに、唄い主が出てくる。扉の前に、神楽がいた。
「銀ちゃん、夜中にひとりでトイレで唄うなんて不気味だからやめるアル」
「なんだよ、お前。まだ起きてんのかよ。お子様は早く寝ろ」
「私もトイレ」
 銀時と入れ替わりに入った神楽が、扉を閉める前にひょこっと顔を出した。
「銀ちゃん、今の唄は何アルか」
「さぁ……」
「何か聞いたことあるネ」
「何だっけ」
「わかんないのに唄ってるアルか。ますます不気味アル」
 バタンと厠の扉が閉まったのを見て、銀時はぽりぽりと頭を掻いた。何の唄? 何の唄だっけ。わからない。強いて言えば、新八が唄っていた唄だ。新八にうるさいと言っていたくせに、いつの間にか下手くそな唄を自分でも唄っていたなんて驚きだ。ほとんど無意識だった。そういう記憶障害はちょっと危ないかもしれない。





「ふふふ〜ん、ふ〜ん」

 寝ぼけ眼の銀時は、意識を半分夢の中に置いてきたまま、朝の食卓で例の歌を聞いていた。相変わらず下手くそだ。が、今度唄っているのは新八ではない、神楽だ。何故お前までそれを唄っているんだ、と思ったところで、隣でご飯をよそっていた新八が言った。
「ねぇ、神楽ちゃん、それ何の唄?」
「さぁ……」
「どっかで聞いたことあるんだけど」
「何だったアルか」
「わかんないのに唄ってたの?」
 これでこのやりとりは何度目だ。三度目だ。新八と自分と神楽と。何故みんなで繰り返す、同じことを。

 どうやら万事屋ですっかり謎の歌が伝染してしまっている。しかも、どいつもこいつも下手くそばかり。結局元ネタは何だかわまらない。唄の力はどうしてなかなか偉大なもので、一度頭の中を流れ始めると、驚異的な力でもって頭にこびりつく。肝心なことは忘れる脳みそも、あのメロディーだけはしつこく再生されてしまう。しかし、もういい。もうそのメロディーは忘れたい。忘れさせてくれ。頼むから。
「ふんふふ〜ん、ふふ〜ん」
「いい加減にしろォォォォ! その唄やめてくれる! なんか耳に残るから!」
「銀ちゃんが歌ってたアル」
「ちげーよ馬鹿、新八だよ、新八! 新八のが伝染ったの、俺に!」
「ちょっとォ! 僕のせいにしないでくださいよ!」


 しばらくの間、万事屋に下手くそな唄が流行った。


(101022)
11cmさまへ投下。

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