なんで?
「ねえ、ぎょうぶ」
「どうした」
「なぜ##NAME2##は、おなごのきものをきているの?」
あれはまだ四つにもならない時だったろうか?
兄には聞けない疑問をぶつけてみた覚えがある。
幼いなりに、考えた末の行動だった。
座る刑部の膝へぐいぐいのしかかり、じっと顔を見上げ答えを待つ。
ふう、と刑部のうすい胸から息が抜け、肩が小さく揺れていた。…笑っている?
「ぎょーぶ!」
「やれ、そうむくれるなぁ」
「…むぅ」
「そうよな……生を得た時、ぬしは弱やった。病を遠ざけるにはおなごの姿で育てるが良いと聞いていてなぁ」
聞いたことがあるような気がする。
生まれた男児に女児の恰好をさせて病を遠ざける、という護法だったっけ?
「ぬしの父も兄も、みなそうして育ったわ」
「…! ほんとう?」
「……やれ真澄、あまりわれの上で騒ぐな」
膝の上で跳ねると咎めるよう瞳が細まる。
でも僕は気分が高揚していて、大人しく言う事を聞く気にならなかった。だって、刑部も本当に怒っているわけじゃないでしょ?
「ヒヒッ、落ち着けおちつけ」
ほらね。
刑部も兄様も怒らせると怖い。
叱られたことは無いけど周りを見て、自然と悟っていた。
「じゃあ##NAME2##も、兄さまみたいになる? なれる?」
強くて綺麗な自慢の兄。
その真っ直ぐな背に自分がどれ程の憧れを抱いているか、刑部は知っている。
あの頃、自分の世界は兄と刑部、その二人に占められていたから。
「三成のようにか」
「うん! いっしょに、えっと…ひでおしさま?のお役にたつ!」
「……そうよなぁ、ぬしにはちと難儀か」
「なんで?」
「さてな、ヒッヒッ」
「…むぅ」
口を尖らすと「怒るな怒るなぁ…、ぬしには三成の"夢"を壊してもらっては困る。故にそう急くなァ。ゆるりと大きくなればよい」と言って頭をゆっくり撫でられた。
さらさらの、背まで伸びた髪が刑部の指にとかされ目を細める。
包帯の巻かれた指からする薬品の匂いが、不思議な安心感を誘う。
兄様の「夢」とは何の事だろう? 刑部の言うことは良くわかんない。
――その時は「記憶」も何も思い出していなかった「僕」は、まあいっか、と考えるのを放棄して将来の「自分」という姿を疑いもしていなかった。
後になって思い出す。
刑部は一言も「本当だ」とは言っていなかった事を。……性格が悪いぞ!
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