キミは美味しそう


「おい、いつまで籠っているつもりだ。いい加減にしねェとサビちまうよい」

ネッドが船室に閉じこもって早一週間。
とうとうマルコが険しい顔で文句を言った。
世話を申しつけられているマルコにとっては最早我慢の限界と言った所だろう。
なにせ模範囚宜しくじっとしていたネッドは彼に苦言を述べられるまで、白ひげの2番隊隊長ならばとっくに音を上げる期間をここで過ごしていのだ。

「オヤジの許可はとっくに出てるんだ。さっさとしろよい」
「しかし、不死鳥…」
「しかしもカカシもねェよい、まったく…」

世話のかかる奴だねい!
ネッドの腕を引いたままマルコがドアを開け放った。
それを振りほどくべく動いたネッドの反対の手は、マルコの鋭い威圧で抵抗をやめてぱたりと腿をたたく。
大人しくしていただけなのに、何故こんなにも怒られるのかネッドには分からなかった。

通路を進むネッドにジロジロと注がれる視線。
ああ、そうか。
一時世話になっているとはいえ此処は敵船の艦内だ。
すでにあの船室には錠を掛けられることは無くなったが、それでも来た道を覚えないようにマルコのふさふさゆれる後頭部だけを注視していた彼は、なんだか少し生ぬるい目で見送られていた事に気付かないまま甲板へと出ていた。


久しぶりに浴びた潮風は懐かしく、とても温かい。
強い陽の光がひとり悶々と過ごしていたネッドの全身をやわらかく解した。
鈍らないように日々筋トレだけは欠かさなかったネッドだが、こうも広い海を見ていると不思議と身体を動かしたく思う。

「不死鳥…海はやはり偉大だな」
「そうかよい」
「まるでキミらの敬愛する船長殿のようだ」
「……!」
「…なんだ。意外そうな顔をして。私にもそう思えるくらい心に余裕はあるさ」

それは与えられたものだが。
白ひげの申し出が無ければネッドは今頃、どこかで疲弊した身体を抱えて蹲っていたかも知れないのだ。
いくら焦っていたとはいえ、我ながら何て無茶を仕出かしていたものである。

穏やかに言葉を紡ぐネッドはマルコから視線を外して海を見ていた。
ここでは無いどこかを映す瞳は“冷徹”の名に似つかわしくなく、その横顔にマルコは知らず目を奪われた。
美しいと、男に使うべきでは無いだろう単語が浮かび、胸に浮上する前に儚く散る。
自分を呼ぶエースの声が羽ばたこうとしていた想いに蓋をし、マルコが気付かぬうちにそっと羽を閉じた。

「――マルコ! なんで連れてきたのにおれを呼ばねェんだ!!」
「うるせェよい!」

声を張り上げて駆け寄って来た青年に向かって、マルコが船べりに手をかけたまま軽く足を払った。
うおっ、と底をさらわれかけて間の抜けた叫びを上げた青年はネッドも幾度か顔を合わせたことのある顔だ。
“火拳”のエース。
若くして白ひげの2番隊を背負う“自然系”の能力者だ。

なぜエースが近寄って来たのか分からぬネッドは、マルコに批難をあびせるそばかす顔に首を傾げる。
マルコだけズルイ。ズルくねェよい、あっち行ってろ。話すくらい構わねぇだろ、一人占めすんな! アー聞こえねえよい。
……なんだ。ただの兄弟でのじゃれあいか。

「なァ、あんた“冷徹”のネッドで良いんだよな」
「……」
「…ん? なんだ。聞こえなかったのか?」
「エース。その名で呼んでもそいつは返事しねェよい」

マルコはネッドがその異名を好いていないことを知っている。
本人から直接聞いた話でもあるが、その昔エースと同じような態度を取られたことも経験していた。
だからマルコは、おいとか、アンタとか、お前など長年連れ添った夫婦のような呼び方でしかネッドを振り向かせられない。

「おお…さすがお気に入り。良く知ってんなァ…」

おもしれェとデカでかと顔に書いてエースが笑う。
まったく面白くなど無いと、マルコもネッドも無言で反論していた。
そんな空気を読めないエースが口を開く。

「おれにもさァ、弟がいるんだ。無茶ばっかりしやがっておれの言うこともろくに聞かねェどうしようもない奴だけど。あいつはおれの可愛い弟に変わりはねェ」
「…そうか」
「だからおれ、あんたの気持ちも分かる。応援してるぜ」
「……ありがとう」

予想もしないエースからの激励にネッドはなんだかむず痒くなった。

エースは知っている。マルコが密かに海軍との交戦となると嬉々としてネッドの姿を探している事を。
それはもちろん、白ひげを筆頭として家族全員が周知していることだった。
マルコは否定するだろうが、それ程に彼の態度はあからさまだ。ネッドが海賊になればマルコは喜ぶだろう。
だから次にエースが投げた言葉の直球は即座に、二人にとっての死球となった。

「でさネッド、あんたもオヤジの息子になるんだろ?」

寝耳に水の話だ。
なんでそうなる、とネッドが絞り出した声にエースは違うのかよ、と不服そうに眉間を寄せていた。

「モビーに乗せた時にオヤジが言ってたじゃねェか。息子になるかって。なァ、マルコも聞いてただろ?」
「…それは、白ひげ殿の冗談だ」
「いや、アレは違う、オヤジは冗談で誘ったりしねェ」

「……おい。そこの不死鳥。否定くらいしろ」
「……おれに言うんじゃねえよい」

「それとも、白ひげの名を背負うのが嫌なのか。あんたが仲間になればマルコだって喜ぶぜ?」
「それはない」
「ああ、まったく無いねい」

お互いに思う存分拳を交えられる相手なのだ。
それを知る彼らの頭には、そんな未来はまったく想像としても無かったのである。

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