epilogue


タラップを降りて岸に足を着ける。
見通しの良い島だ。日向と潮の匂いがする。
勾配のゆるやかな丘には疎らに木が生えるだけで、陽光を受けて穂先を金色にさせた草がさわさわと風に撫でられていた。
山頂を仰ぐ。青く高い空の下では二つの墓標が静かに佇んでいた。

停泊した潜水艦の甲板で腕を組みながら整列するクルーに、行ってくる、と短く告げて歩きだすと、ローもその後ろに黙って着いて来る。
風に遊ばれる外套を歩みに纏わせながら丘を登り、墓標の前に辿りつく。
その足元には色とりどりの花が咲き誇っており、故人を偲ぶ思いがネッドの元へも伝わってきた。

エースと、白ひげの墓。

赤髪によって建てられ、弔いを済まされた墓標にネッドは持参して来た酒を置いて一歩下がった。
無表情の下で余韻を広げてネッドは瞳を細める。
二人の死から一年半経って、やっと此処に来れた。

ネッドに墓の所在を教えたのはマルコだ。
ハートの海賊団が新世界に入って一年余り、なかなか姿を見せない好敵手に連絡を付けられたのは半年ほど前に遡る。

マルコと落ち合う約束を取り付けた無人島は壊滅的な被害を被る破目になった。
何故かと言うと、マルコとネッドが久しぶりの好敵手との再会に暴れたからだ。
それをいい加減にしろと止めたのはローだった。

ネッドは渋々ローの言う事だからと従ったが、従う義理もないマルコは不完全燃焼気味の顔で苦言を述べ、は、と鼻で笑って不遜な顔で待ても出来ねェのかよ、とローに言い返され今度はマルコとローが一触即発になりかけてしまう。

それを止めたのはネッドだが、ローもマルコもネッドを挟んで火花を散らして、別れる時までちくちくと小さな言い合いを続けていたものだから、ネッドは二人の相性がとことん悪いのだなと勝手に結論づけてペンギンに呆れられていた。
いや、どう見てもあんたの所為でしょ。
それもそうだな、とネッドが納得顔で頷くもペンギンは分かってないとやっぱり呆れていた。

鈍いネッドは気付かない。弟と好敵手が自分を取り合っていることに。
それがネッドなのだが船長が怖い。
それでもペンギンはこの人にはそのままでいて欲しいと思う。


ローは今や王下七武海の一角に名を連ねている。
ゲッコー・モリア、ジンベエ、黒ひげの称号剥奪により欠けた穴を埋めるために政府はバギーとローに称号を与えた。

「ロッキーポート事件」の首謀者として世間で知られるローの首には4億もの懸賞金がぶら下げられている。
そのローが海軍本部に海賊の心臓を100個送り付けたことが発端となり実力が認められ、ハートの海賊団に政府からの伝書バットが飛んで来たのだ。

ローは、それを承諾した。
ネッドはローの決定に逆らわない。

しかしネッドは逆らわなかった代わりに、ローを迎えに来た軍艦に彼だけが乗って行くことには反発を示した。
ローだけを海軍本部に行かせるのはどうしても嫌だったのだ。
政府はローひとりでと念を押していたがネッドは決して譲らなかった。だからローも押し通した。
あの悪いひとの顔をニヤニヤさせて、コイツも連れていくと、渋る中将に連絡を取らせ承諾をもぎ取ったのである。

頂上決戦後、引退をしたセンゴクに代わり、サカズキが元師に就任し新体制へ移行した海軍本部は新世界へと移転した。
海軍本部に降り立ったローとネッドを迎えたのは整列する海兵の緊張した顔と、苦々しい顔をしたサカズキだ。

敵地で油断無く構え威嚇をするネッドの覇気で海兵の大半が使い物にならなくなった。
それをローが機嫌よく宥めたので、益々ネッドはサカズキの不興を買っていたがネッドは涼しい顔を崩さない。
ネッドの手配書を出したのは海軍なのだ。
彼はもはや海賊。
ここが古巣とはいえ海兵と仲良くしていられる訳が無い。

通された一室でサカズキを中心に据え、それを囲むように数人の中将達が顔をそろえた物々しい雰囲気の中、ローの七武海加盟は下された。
ネッドはローの後ろで静かにそれを聞き届けていたが、幾分気まずい思いも抱えていた。見知った顔ばかりが揃う中で居た堪れなくなるなと言う方が無理である。
ネッドは裏切り者だ。覚悟してきたとは言え。気まずいものは仕方がない。

「フフ…これで用は済んだな。…おれたちは帰らせてもらう。いくぞネッド、長居は無用だ…」

ローが名を呼ぶとネッドは無言で頷いてドアノブを引いた。まずはローが先に出て、ネッドも続いて踵を返す。
……そのつもりだった。

ネッドの動きを止めたのはずっと沈黙をしていた大参謀つる中将の一言で。
ネッドは止まる気も無かったが、思いがけず落とされた言葉に思考と身体が勝手に停滞していたのである。

「出来ればアンタにはコイツらと並んで此処に留まってもらえてりゃあ良かったんだけどね。…今になっちゃ過ぎた話だけどさ。まあ達者でやりなよ」

おつるさん、と赤犬が絞り出すような低い声でつるに渋い顔を見せた。
片足を前に出したままの中途半端な恰好で止まっていたネッドは、僅かに見開かれた瞳でつるを振り返り、緩慢な動作で中将達を見て、胸に熱い痛みが押し寄せてきてきゅっと下唇を噛んだ。
そして深々とお辞儀をするとネッドは今度こそ立ち止まることもなくローの元へと戻った。

ネッドは少しだけ自分の表情筋が不自由なことに感謝する。無表情の下でネッドが動揺しているのはつるも中将たちも、サカズキでさえ分かってしまっただろうが。それでも。
それでも情けない顔を晒さずに済んで良かったと思う。
つるの声は温かかった。立派な海兵になるように自分を鍛えてくれた中将たちもネッドのことをずっと見ていたのだ。

けれど、一度は動揺を抑え込んだネッドを揺さぶる事件はまだ続いた。

船着き場に戻って来たローとネッドを迎えたのはネッドが新世界に置いてきた元部下達だ。
行きと顔ぶれは違えど、来た時と同じく両脇に整列していた海兵たちは、ふたりが軍艦に乗り込む直前に一斉に号令を上げた。
ふたりに、正しくはネッドに送られた海軍式の敬礼。
戦地に送る同胞を湛えるような真っ直ぐな眼差しに、ネッドはとうとう堪え切れず用意された客室へ逃げ出してしまった。

あれは何だ。どうして。
彼らを…私は捨てたのに。どうしてあんな事を。
ネッドは自分の身体を抱き込んで何故を繰り返す。ぐるぐると混乱ばかりをして他に何も考え付かない。

裏切り者であるはずのネッドを部下達は未だに慕っている。
一度は何故と怨んだろうに。勝手な上司に怒りを抱いたろうに。海賊になって、手配書も回った。海兵さえもその手に掛けた。ネッドに躊躇いも後悔もない。
それでも彼らはネッドを慕う思いを捨てきれないでいた。

あの敬礼は彼らなりの離別の言葉だ。

ゆっくりと追いかけてきたローに肩を引き寄せられて抱きしめられたネッドは、ひうひうと歯の間から洩れる耳障りな呼吸を彼の胸に埋めて押しつぶした。
ローは何も言わない。
涙は無い。嗚咽もない。ネッドにその資格もない。

その時になって初めて本当の意味で海軍との離別の機会を与えられた気がした。

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